ゲハジは別に犬死でいいじゃない。

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罪と罰 

椎名林檎はいい女である。あれで、あと六貫程でも太っていれば完全である。あの歌声、眼差し、肢体その全てに淫靡という形容詞が相応しい。そして尚且つ其処に知性も感じさせる女性を私は他に知らない。
いや、そういう話ではないのです。桐島さんから審理委員会の話を問われたので私の経験したそれについて叙述したいと思っていたのです。

以下にそれを記述したのですが、例によって無駄に長くそして気色の悪い文章になっていますので先に概略というか要旨を述べますと、
私は”宗教組織にとって”排斥処分と言うのは必要かつ有用なものであると感じています。ですのでそれ自体の存在を否定しようとは思いません。しかも私は犯した罪を自白し、その刑を甘んじる心積もりがあったので、特に審理委員会に対して不満や怒りと言った感情を持ちませんでした。私を担当した長老達も真摯な態度で臨んでくれたように感じました。何か卑猥な事柄を聞きたがるような様子も感じられませんでした。
しかしながら、もちろんこれはゲハジ個人の経験なので、他の審理委員会でも人権を踏みにじるような行為が無いと断じるものではありません。寧ろそういうケースの方が多いのだろうと思います。
また、いかに一般社会から見れば小数の人から成るカルト教団の排斥処分とは言え、取り調べ、起訴、刑執行がなされ、正に犯罪者扱いされるのは事実で、精神衛生上好ましく無い物だと思います。ですので、私のような変態自虐異常性格者で無い限り、そこから逃げてしまうのが良策だと思います。逃げると言うと何か卑怯な印象を持たせる言葉ですが、それは飽くまでもJW組織上のルールであり、それに乗る必要は無いと思います。と言い切ってしまいたいところなのですが、実際問題として物理的に逃げることが困難な場合もあるでしょうし、審理委員会に出向いた上で虚偽の証言で排斥を回避するのも、相手がある罪の場合には難しいかもしれませんし、余計な問題を招く可能性もあるでしょう。
やはり審理委員会に関してはケースバイケースでいちがいにアドバイスめいた事は言えないような気がします。
まとまらない上に参考にならない意見で本当に申し訳ないです。

あ、でもある程度具体的な状況がわかれば、掲示板等で先人達の良いアドバイスをもらえるかもしれないですね。

私のお勧めの掲示板はこちらです。

どせいさんのツナ缶(Lサイズ)

そして毎度、叙述のたびに注意事項を記載するのは私と言えども気が引けているのですが、記述を読んでから、それによって不快を催した被害を健全なる魂の持ち主に告発される場合もあると思いますので敢えて、殊更に書くことにします。ここに書かれているのは所謂マザコン、実母に対する異常愛ともとられかねない記述であります。特にパートナーのおられる女性はご注意ください。大丈夫。あなたの彼はこんな変態ではありません。




得心しました。
合点が行きました。
それは瞭然となりました。

私は、いえ僕は欲していたのです。
罰を。
罰せられたいと心の奥底で望んでいるのです。
恐らくは今でも。

僕の母さんは優しい人でした。幼い僕は優しいその笑顔が大好きでした。そして、その時は意識していなかったのですが、母さんはとても乳房の大きい人でした。胸囲は三尺をゆうに超えていたと思います。その母さんが、プラスティックの棒、布団叩きを時々、いえ毎日のように頭上高く振りかざしていたのです。母さんは僕を愛していると言いました。愛しているが故にそうしているのだと教えてくれました。だから、僕は罰を望んでいるのです。母さんと罰は一体なのだと思うのです。

僕は罰を受ける時に母さんを感じていたのだと思います。
時に数百を数えるその行為を受ける中、僕の心にはそれが刻まれていったのでしょう。
時に涙しながら、力を振り絞るその姿を思い浮かべる時、憎しみではなく懐かしさが胸にこみあげるのです。僕は狂っているのかもしれません。だけれども、それが今の僕の気持ちを作る礎に為っていることに気づいたのです。

成る程。と眼前の女性が相槌を打った。彼女はとある雑誌の記者で、カルト宗教の実情を記事にするのだと言う。発した言葉とは裏腹にその目には軽蔑の念が滲み出ている。それは仕方が無い事だろう。彼女が求めているのは、カルト宗教にあるべき社会的規範から逸脱した狂信的な体験談なのだから。それに対し、私は母への思慕などをつらつらと述べている。
「ではその審理委員会というのは実際にはどのようなものだったんですか?」


目の前には三人の男性が座っています。テイブルを挟んだ向こうの彼らの面持ちは一様に沈痛でした。
部屋が妙に暗いのが気になりました。この部屋はいつ来ても薄暗いのですが、確かにこのような場面では煌煌と明るい部屋にいるより、幾分か心が落ち着く効果もあるので、このくらいの照度にしているのだろうかと思いました。

僕の気持ちはといえば、それは厳刑を望む殺人者のそれと同じだったかも知れません。自分の侵した罪が自分の所属する社会、僕の場合はエホバの証人の組織の規範を犯したものであり、それには言い訳の余地が無いと思っていました。だけれども、神に対して深く贖罪を願っていたかというとそうでも無いような気がします。寧ろ、親切にしてくれた会衆の人に対して、自分を慕ってくれた若者たちに対して申し訳ないという部分が大きかったような気がします。

質問をされました。どこでそうした行為に及んだのか。それを何回行なったか。そのような事を聞かれたような気がします。よく言われているような行為の詳細については聞かれませんでした。長老たちが真摯に聖書を信じ、そして純粋に組織を信じていた事はよく伝わってきました。けして下卑た笑いを浮かべたりする事もありませんでした。
ただ、やはり彼らが私自身の福祉ではなく会衆の福祉を優先するのだろうと言う事は感じました。もはや私はその行為を繰り返す事は無く悔恨の情を表明してるにも関わらず排斥という決定事項が先にあるような問答の仕方だったように思います。しかし、それは組織運営上正しい事だと思います。やはり共同体の規則を逸脱した人間の福祉を二の次にすべきなのは当然でしょう。

そして長老と呼ばれる人たちは私を残して別室で審理を行うために扉の外へ出ました。

「つまりあなたはその処罰にも不服は無く、裁判、いや審理の方法にも疑問は抱いていなかったのですね」女性はもはや私の話に興味を失っているようだった。淡々とした口調がそれを感じさせる。
「では審理委員会の後、あなたはどうされたのですか?」質問は既に決まっているのだろう。極めて事務的に、無機質に女性が尋ねた。


本来は絶望するのが正しい状況の筈でした。これまでの人生、つまり肉親との関係も、友人との関係も、それなりに気づいてきた組織上の立ち位置も全て奪われるのです。聖書に書かれている着る物も奪われ戸外に追いやられた奴隷の気持ちになるべきでした。

でも僕の胸に去来したのは、絶望ではなく安堵に近い気持ちでした。
これで。
やっと罰してもらえる。
包皮が腫れ上がるまで身を汚した罪深いこの僕を。
こうでなくてはならない。
やはり神は罪を明らかにして下さるのだ。
罪の報いは死です。あの聖句こそ僕にとっては福音だ。
そのように思っていたのです。

長老達が戻りました。
「ゲハジさんを排斥にする事が決定されました」と言われたと思います。目の前の長老のひとりは泣き出さんばかりの悲壮な表情をしています。この兄弟は経験に富み、講話も理知的な良い兄弟でした。
ああ、泣かないで下さい。これで良いのです。罪人は罰を与えられる事で生かされるのです。兄弟のご恩には感謝しております。

その右に座っていた長老が憮然としつつ、上告が出来ること、悔い改めの道が残されている事を述べます。この兄弟は寛大なもてなしの精神に富み、貧し瀕するゲハジに食事を備え、幾度か旅行にさえ連れて行ってくれたのでした。
ああ、兄弟の怒りは尤もです。僕は赦しがたい忘恩の徒なのです。

もう一人の兄弟は無感動で凍てつくような視線で僕を見ています。
この兄弟にはあまり良い思い出がありません。その理不尽な物言いに憤慨した事もありました。
兄弟、どうぞあなたの義を遂行なさって下さい。あなたが睨んでいたとおり、やはり僕は道を踏み外しました。あなたは正しかったのです。せめて審理委員会を経験した事があなたに箔をつける結果になればよいのですが。

罪人にありがとうと感謝されたくはないだろうと思い「お時間をとらせて申し訳ありませんでした。」とだけ述べ一礼してその部屋を辞去しました。

外に出ると日は既に沈み暗くなっていました。
次の奉仕会の発表までは時間がありましたから、親しい友人達にメールをしました。明言は避けて自分が罪を犯した故に兄弟ではなくなる事。今までの親切に篤く感謝している旨をしたためました。
驚いた事に幾人かから返信があり、復帰を待っている。と書かれてありました。
会衆内外の多くのの姉妹達が僕の排斥を悲しんでくれたと言います。

私は何故か最後の部分で嘘をついた。私の排斥を悲しむ姉妹などいなかったに違いない。
 
「成る程。」女性が辟易した表情を隠すことなく書類を整理し始める。屈んだ時に、ブラウスの隙間からた撓(たわ)わな膨らみとその二つの稜線が織り成す谷間が覗いた。
彼女は視線に気づくと、怒りや軽蔑ではなく、憐憫の目で私を睨めつけた。

私は母を思い出していた。




マザコンキモス
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コメント

桐島さんへ

あねもねさんの記事で
審理委員会について扱われている記事がありました。

http://juniper-tree.jugem.jp/?eid=30

ゲハジ #qbIq4rIg | URL | 2009/06/06 12:45 * edit *

桐島さんへ

こちらののん。さんのブログも審理委員会について詳しくかかれておられます。
http://blog.goo.ne.jp/jw2_nonjw/

ゲハジ #qbIq4rIg | URL | 2009/06/06 12:52 * edit *

ありがとうございます!参考にします。恐らくは今週中が色んな点で山場になるかと思います。
ゲハジさんも修羅場をくぐって来られたんですね…。

桐島マンローランド #- | URL | 2009/06/07 17:40 * edit *

力及ばず

桐島さん
申し訳ないです。

ご無事を心より祈っております。
なにを持って無事とするかという話ですが、やはり心に傷を残さないで欲しいなと思うのです。

桐島さんは一般社会との繋がりをお持ちでしょうか。
ゲハジは何もありませんでした。今でもありません(笑)
いや笑い事でなくそのあたりがクリアされてるのでしたら、審理委員会など恐るに足りませんが、もしその後に孤独な状況になるのでしたら、孤独は驚くほど容易く心を蝕みますゆえ、そこだけはどうぞお気をつけ下さい。

ゲハジ #qbIq4rIg | URL | 2009/06/09 17:14 * edit *

誰かへ

拍手ありがとう。
あなたに救われました。

ゲハジ #qbIq4rIg | URL | 2009/06/16 18:46 * edit *

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