ゲハジは別に犬死でいいじゃない。

JW追憶記

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JWRTK紀行3 

20091129185347
垂れ流しですいません
すばらしい個性の方々との出会いがありました。

余韻を味わいながら帰路へ
詳しくは後日。

ありがとう皆さん、隊長、カラキナさん。
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JWRTK紀行2 

日本橋から浅草へ
緊張してきたー!
(´_ゝ`)
東京メトロくしゃい。
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JWRTK紀行1 

20091129120854
午前の業務終了
いざ浅草!
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否 ゲハジ死すべし 

松田美由紀はとても魅力的な女性だと思うんです。

そういえば、彼女がこの間トーク番組の中で、海外のクラブに娘と行ったとき、娘のみならず自分までもが肉食系男子共にガンガンアタックされて嬉しかった。というような事を話していました。実は僕は男女のそういう営みの存在そのものを否定するものではありません。

更に言えば、恋愛をして本当に付き合って好きになってからのトビー・マグワイアと、酔いに任せたその場の雰囲気でのそれ、或いは薬を盛られた、酩酊状態にされた、精神上の問題で責任能力の無い心神耗弱状態のそれとですら、明確な差異を認識できません。

結局、恋愛など幻想に過ぎず、そこに何らかの明確な客観的に確定可能な真理など無いと思うのです。全ては生殖本能という睾丸と視床下部に御座す神様のお導きのままなのです。つまるところ、発射までの遅緩装置を働かせたかどうかの違いでしかないように思うのです。パーパスが究極的に同じならプロセスは大同小異です。

ああ、こんな事は先刻承知の事ですよね。

いや、そうなんです。それに、一般の人が全員四六時中オニイトマキエイつまりおマンタの事ばかり考えてなどおらず、むしろ1人の人を愛し抜く決意を持って行動している御仁の少なくなかろう事は、実は知っていました。

そうそう最近、動物倫理学について書かれてあるブログを読んで、大変に刺激を受けたんですよ。

肉を食らう人間には、ハンティングを享楽、趣味とする人間を究極的には非難する資格がないと思うのです。目の前の肉の向こうには屠畜を生業とする人と、肉をはぎ取られて骨になった動物がいるのを忘れてはいけないと思うのです。その聡明のブロガーの方は考える事を止め、現実に目を瞑るのは愚かだと警鐘を鳴らされていたように感じました。でも僕は恥ずべき事に考えるのを止めてしまった。捕らわれ食らわれる獲物はその運命を享受するしかないと思う。誰かを助けえたとしてもまた何処かで誰かは狩られる。君は狩りの為のデコイ。

おいおいおい。大丈夫か?目が虚ろだぞ。で、一体全体君はこんな事を僕に伝えて何がしたいんだい。君は結局僕が羨ましいんじゃないのか?君は何かとても自分が正しい倫理基準を持っている風に話すが、それは意味のある事なのかな。君が1人悶々と婚前外交渉の是非について問答をしたとして、誰が喜ぶんだい。僕は少なくとも君と違って人に働きかけた。結果の是非なんてどうでもいいじゃないか。行動するものと、行動しないもの。どちらを人は評価するかな?よく考えた方がいいと思うよ。

もちろんそれが正しい答えなどとは
ええ、結局は嫉妬。だったのかもしれません。いや、本当はおマンタのくだりが書きたかっただけなんです。


君のような男を万死に値するというんだね。
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野獣死すべし 

カラキナさんの記事を読んだ感想を書こうと思うのです。コメントしようかと思いましたが、ちょっと長くなりそうですし、何よりゲハジの物言いは下品が過ぎるに違いないので、彼(か)のブログを汚す事にもなると思い記事にしました。

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ゲハジの脳裏には一枚の油彩画が浮かんでいた。手を突き上げ自由へと民衆を導く、その硬く強い意志を示すように隆起し屹立した、両の乳房が露な美しい女の絵だ。ドラクロワの「民衆を導く自由(の女神)」である。時代は少なからず女性特有の勇気と力で導かれてきた。

殊更に女性の勇気を褒め称えるのは逆に性差別とする向きもあろう。だが、ゲハジはあの記事を書き上げたカラキナさんの勇気に感服し感動した事を隠す事が出来ない。

とは言え、ゲハジはあの記事で示唆された事態を具体的には理解できていないと思われる。何故ならゲハジは男女の機微に関して、全き、いや完成されたともいえる無知蒙昧さを持っているからだ。
だから、それに纏わるそれをここで具体的に想像してみるのは愚かな事なのだろう。

だが、この記事を見ると、傷ついた人、それも女性がいたであろう事が薄ら寒いゲハジの頭でも理解できる。なんと悲しい事なのだろうと思う。特に娘を持つ身としては女性に重きを置いた見方にならざるを得ない。

カラキナ女史の記事の秀逸な所はゲハジごときが指摘するまでもなく、女性自身による危機管理も促している所である。恐らく暴力を使ってまで事に至る輩は存在しないのだろう。JWで傷ついた心を癒すように(本気でそう思ってる可能性もあるが)近づいてきてパックマンするのだろう。恐らく法律では裁けない方法である。

ここまで恰もゲハジが劣情など催さない清廉な人間であるかのように書いてきたが、本当にそうなのだろうか。もしゲハジが組織の欺瞞に気づき、神などいない、その道徳律にも何の根拠もありはしないと考え、尚且つ一般女性には相手にもされず、目の前に心が弱った女性がいたら、その醜い劣情をぶつけなかったと言える根拠は全くもって無い。いや、劣情自体が問題なのではなく、それを恐らくは痛んだ心に漬け込んでピーをピーするのが潔くないということだ。そして、誰も指摘しなかったのをいい事にその行為に及び、しかもその後、責任など取ることなく連絡を絶ったり、同じ行為を繰り返したりする可能性が高い事も想像に難くない。

だから、自らの中からなのか、男がこう言っているのが聞こえてくるような気がする。
何がいけないというのだ。エホバの証人の道徳律など糞くらえだ。男女が会えばそういう事があるのは自然なことだろう。合意の下に行われるパックンチョに何の問題があるのだ。傷ついた?それがどうしたというのだ。それすら、エホバの証人の洗脳から抜け出す役に立つんじゃないのか。寧ろ感謝して欲しいものだ。

確かに、その言い分を否定する論理は無い。ここは自己責任の世界、自由の世界なのだから。

だが、不安を覚える。それでいいのだろうか。

そんな拠り所の無いゲハジの気持ちに対してカラキナ女史の記事と、そこに集まったコメントが、一つの答えを出してくれたように感じる。少なくともJWRTKに於いて、そのような行為は求められていない。No fxxkin' thank you.だということなのだ。

偉そうに書いているが、こうした事を実際に先陣を切って発言することがどれだけ大変な事であるか想像するにつけ、カラキナ女史の今回の記事に本当に平伏したい気持ちになるのである。後からそう思うというのは如何にも簡単な事なのである。ドラクロワの絵で言えば、ゲハジは陰毛をさらしその自由を目指す女神の下に縊死している男のようでしかない。踏み越えて行くがいい。

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いやまあでも、ちゃんと自立した大人同士のそういうのは楽しいんでしょうね。僕はよくわからないですけど。だからちゃんとそういう場所ですよっていうルールがあるなかでやる事は全然かまわないと思います。ハッスルタイムとかあったら楽しそう。

因みに関係ないかもだけど、僕は娘に、知らない男がいる場所に酒飲みに行くならレイプされる事も想定していきなさいと教えるつもりです。今年の聖書劇のレビューとかでも、普通の男はそんな事しないなんて意見がありましたが、それって交通事故に逢う可能性が少ないから保険に入らないようなもんなんじゃないかなとか思いました。ゲハジの住んでる民度の低い地域だけかもしれないですけど、普通に飲みから雑魚寝してたら食われちゃったとか、「ゲハジさん。酔わせて林間なんて日常茶飯事でしたよーww」なんて聞きますし。

あ、なんか感情的になってるな俺。カコワルイ。
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11/13のツイートまとめ 

gehazix

邪魅の雫よんでる
11-13 01:29

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ゲハジですっ!
this is it!
20世紀最高のエンターテイナー!孤高のイコンの最後の勇姿っ!
はっきり言って今年最高の映画!見ないと損するわよ!
私の好きな映画の内、三本の指が入る傑作です!

ああ、すいません。


this is it 観てまいりました。以下だらだらとレビュー?をば

某先輩ブロガーの素晴らしいレビューに感化され、観賞を決意しました。
ゲハジ小学校6年の時、テレビで放映されたBADツアーのドキュメントを見て、脳髄ズガンとやられたのです。当時はgoogleでbad lyricsと打てば歌詞がたちどころにわかるなんて事はありませんでしたから、テレビにラジカセをくっつけて録音し、空耳で歌詞を拾ってノートに書いて一生懸命歌ったものです。
そんな私でありますから、MJに最後に香典を送るつもりで見ることにしたのでした。

というのも、たかがリハーサル風景。それは単なるドキュメントの枠をでないのではないか。そんな風に思っていたのは事実です。大きな期待は禁物だ。そう自分に言い聞かせながらシアターの扉を空けたのでした。席に着くと、となりには太っちょカウボーイのような男性。ちょっぴり萎えました。


しかし、全ては杞憂でありました。

2時間程の間に、これほど何度も身震い、悪寒を感じた事は未だかつてありません。

流石はMJが人生最後のコンサートの監督をまかせたケニーオルテガ。マイケルの魅力を余すところ無く伝える作品に仕上げておられました。この映画の素晴らしい所はそのバランス感覚であるように思えました。MJを敬まうばかりのMJマンセー映画に堕すことなく、彼に対する良心的(好意的)批判姿勢も失っていないように感じられたのです。

しかしながら、マイケルの姿に神性を感じたのは私だけではありますまい。

冒頭、MJがバンドメンバーにベースラインのニュアンスを伝える為、ベースラインをスキャットをするのですが、もうそのスキャットで彼が音楽の神に愛された人間であり、その神性を纏った存在であることが伝わってきて2,3滴失禁せざるを得ませんでした。

もはやMJはバッハやモーツァルトなどの楽聖に列せられてもおかしくない。と言っても言い過ぎではない。そう思うほど彼のパフォーマンスは素晴らしいものでした。
正確に言えば彼を愛した音楽の神はリズム、律動の神なのでしょう。

彼の到底50歳には見えないムーブ。確かにリハ故の緩い動きも見られましたが、殆どのダンスシーンで後ろのマッチョ若者ダンサーが霞む程のキレを見せていました。

50を過ぎて美しいバラッドを歌える人は数多くいれど、ソリッドな楽曲を歌いこなし、踊れるのは彼をおいて他にいないでしょう。
サウンドチェックでも彼は渾身のダンスを挟みながら歌います。
やはりゲハジにとって白眉はThey Don't Care About Usでした。思わず敬礼しそうになります。

不謹慎でありますが、彼が公演前に亡くなり、正直、スターとして老いを見せる前に亡くなったのは、ある意味よかったのではと思ったりもしましたが、それは誤りでした。彼は最高のステージをやる力がありながら死んでしまったのです。本当に惜しい死だったのだと感じます。

彼が、ある意味で音楽の神に愛でられ、そして殺されたのではないかと思うシーンがありました。
彼がサウンドチェックで歌を歌い終えると「まだ僕はウォーミングアップしてるんだ。全力で歌わせないでよ」と言います。周りはその歌声を絶賛しますが、彼は非常に真剣な表情で、全力ではまだ歌いたくないと訴えます。
いやいやあんたが自分から歌ったんでしょ!というなかれ。彼は例え周りがスタッフであろうと周りの期待を感じると、振り切るほどのパワーで歌ってしまうのでしょう。恐らくは音楽の神に突き動かされて。

どう考えても、50歳の痩せた肉体があのパフォーマンスを支えきれるとは思えません。

そう考えると、彼は死すべくして死んだ。音楽の神の神性に人の肉体が耐え切れなかったのでは無いだろうかと。思えるのです。

堅いドラムのヘッドが、突然、破れるかのように、彼の体は空前絶後のパーカッシヴな音楽を鳴らしつづけたが為に終わりを向かえたのだと思うのです。

そして、この映画は彼の音楽の素晴らしさを伝えると同時に、彼の人間性の素晴らしさも記録しています。「怒ってるんじゃないよ」こんな言葉を挟んで、細かい指示をスタッフに与えます。そんな前置き無くても目の前のスタッフは喜んで指示に従うでしょう。しかし彼は、彼を厳しく育てた父親に倣わず、愛と優しさで人を動かそうとしていたのです。

彼の幼少期の映像と現在の彼が続けて映し出された時、彼の純真な笑顔が今もなお失われていなかった事に非人のゲハジも涙を禁じえませんでした。そしてその笑顔は永遠に失われてしまったのです。

マイケル。ありがとう、お疲れ様でした。
あなたがJWの人生を歩まないことで多くの人たちに希望や感動が与えられました。僕もその一人です。

この映画全体からゲハジが感じたのは、人間は目的や目標を持って懸命に生きる時、誰でも、どんな人でも輝きに満ちる事が出来るのだということです。MJは特別な才能があった訳では無いと思います。只誰よりも強く、輝ける自分を信じていたのではないでしょうか。

劇場に明かりが点ります。
ゲハジは隣で涙を拭う妻の手を握り、自分が輝きを見逃してはならないのはこの人だ。君の輝きを僕はもう見逃さない。と強く感じたのです。そして今日は君を強く愛そう。そう誓ったのです。

だがしかし、ゲハジはその夜、役に立ちませんでした。

this is shit.
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っ下らない、しかも落としきれてないオチと長くウザイ文章ですいません。
いやでもマジいい映画です!今からでも見れる方は是非!さらに公開期間も伸びたようです!
公式サイトはコチラ
http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/
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