ゲハジは別に犬死でいいじゃない。

JW追憶記

今までの記事一覧へ

全ての記事を表示する

ブログ内検索

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
CM: --
TB: --

R.I.P 

昨日、戦友が一人この世を去った。
最大の敬意と哀弔の意を込めてこの動画を貼る。


マイコーりょう


マイコーりょうオフィシャルブログ

ふぉーっ!

パン!茶!宿直!

素晴らしい音楽を、そして人生というエンタテインメントをありがとう

R.I.P

スポンサーサイト
CM: 9
TB: 0

今月の自画像 

気づいたら足にこんな人がいた。

自画像0906
CM: 2
TB: 0

東京オフだよおっかさん 

締め切り迫ってきたので再掲載だぜ。(何このテンション。)

夏。東京。ビッグオフ開催。
ゲハジ参加検討中。多分3次会。

すいません安顕気取りました。

夏なので、蒸れる頭皮と体臭対策を考えなければ。

以下ばうちんさんの記事より転載させていただきました。
(ばうちんさんの記事で参加へのアドバイスもありますので初めての方は、元記事もごらんになる事をお勧めします。)

追記:
まいける先生もアドバイスを書いて下さってます。

お二人ともこういうアドバイスをする心配りが出来るってかっこいいですよね。

追記2:
紫陽花さんもご紹介されていて、まだ行った事の無い方の不安を取り除いてくれるような温かい記事が書かれていましたので、こちらもお読みになることをお薦めしたいであります。

******************

日時:7月18日(土)
場所:都内のどこか(多分いつもの辺り。。。)
時間:1次会:15:00~、2次会:18:00~、3次会:24:00~(予定)
締切:7月3日(金)
連絡先:toshiki@apost.plala.or.jp

主幹事は「としきさん」

詳細が決まっていくごとに連絡を差し上げます。
前回同様で、ブログ形式の連絡になるかもしれません。

*******************
CM: 2
TB: 0

書け!何を!人生を! 

どもー!
FIT’SのCMを見ていても真ん中の渡辺直美しか目に入らない圧倒的マイノリティー変態野郎マクガイバーです。
たむらぱんはどうも苦手さ。
今調べたら、fit'sミックスベリー味人気で販売一次休止だってさ。
渡辺直美のおかげだな。
つどうでもいい。

でゲハジ、今、気付いたんですが。
いや、少し前から気付いてはいたんですが。(少しかよ!)
俺って、ただただ長い文章を書きたいだけなんですよね。
長い文章を書く事でカタルシスを勝手に感じてる迷惑オナヌー野郎で本当すいません。
今回も例によって、長いだけで内容はありません。自分の変態体験を書いてるだけです。
ブログ開設から1年をゆうに越しているのにこの体たらく。
進歩せよ!と自分に言ってやりたい気分です。
進め♪進め♪またき見て♪
力増すは神の御旨ぞ♪
進歩目指しよく励め♪
その先ちょっと忘れた。

とはいえ、今回初の5000字越えに成功。ふふふ。
----------------



書け!何を!人生を!

敢えて畳み掛けようじゃあないか。

私は先だっての記事でゲハジが更なる次元に到達したと自負する。つまりこれまで堂々と冠していた変態という言葉の上に(下かも知れない)マザコンという称号が追加されたのだ。
もはや恐れるものなど何も無い。

--

殺人事件が起き、その犯人が暴力的なゲエムや音楽を好んでいた事が報道されると、とかく識者ぶった人達が、「暴力的なゲエムをした人間が全て殺人を犯す訳ではないです。」「殺人を起した人がいるからと言って直ぐにゲエムなどの表現を規制するのは如何なものか」としたり顔で述べるの見ると、小首を傾げて禅問答をしたくなる。

人は、芸術、報道、その他自らを取り巻くあらゆる情報に影響を受けて生きるものであると思う。殊に自ら嗜好し大量に情報を浴びるならその影響は必ずや大きいものになるに違いない。良質(と信じられている)の芸術や表現物を鑑賞したのち、「生きる希望が湧きました」だの「感動した!僕もキムみたいに脳科学者になりたい」などの感想を洩らしても誰一人「いや創作物に人は全く影響をうけませんからそれはありえないpゲラ」とは言わない。良質と謳われる情報からのみ影響を受け、悪質なそれからは影響を受けない理などあるだろうか。藝術の良し悪しは、その内容で決まるのではない。どれだけ人に影響を与えられるか、その力の大小で決まるのだ。だから、殺人ゲエムであろうと、悪霊的なヘビーメタル(ものみの塔誌の記述に倣って)であろうと、戦争映画であろうと、性倒錯文学であろうと、人が、その心が打ち震わされ何かに向かって突き動かされれば、それは何であれ藝術であるのだ。

話が更に脱輪するが、藝術に関して物事の表層しか捉えない人間というものにも辟易させられる。現役エホバの証人当時、インテリを気取ったエリヰトイケメンJW君が「いやぁ姉妹、やはりモオツァルトの音楽は素晴らしいですよ。この間弾いたラフマニノフもいいのですが、彼の音楽は技巧などでは表現しえない崇高さがあります。既に語り尽くされた感があるとは言え、本物の美には永遠性がある故に語らざるを得ない。それは姉妹。いわば君の様に美しいのです。そうだ、K525を今練習しているのですが、昨日、新たな解釈に基づく演奏に到達しました。また今度、うちに聞きに来てください。」のような内容の事を言ってるのを小耳に挟み、反吐が出そうになった事がある。お前、モーツァルトの書簡読んだ事があんのか。ウンコオシッコ、のオンパレエドだぞ。今、ウンコオシッコだのの手紙を書いてる人間の音楽をエホバが認めるのか。などと思いながら聞いていると、相手の姉妹はあろうことか瞳を潤ませて(恐らくは下半身も)「素晴らしいですわ!是非聞かせてくださって!」とか言っている。このウンコ破廉恥野郎どもが。

若干、表現を誇張したのは認め、詫びよう。

逆恨みも甚だしいのは承知である。

本当はそのような作品と関係の無い人柄や蛮行をもって、音楽の本質に耳を傾け理解しようとしない人間こそが物事を表層でしかとらえていないと言うべきなのだろう。

話を戻そう、つまり芸術の例をとるまでも無く、人は情報から多かれ少なかれ影響を受ける。しかもそれを取捨選択したり、“自らの意思に基づかずとも限定的な情報を相当量自らに取り入れるなら”その影響はより大きなものになろう。そしてその情報による影響の蓄積で人格や人間性といったものが形作られる。低俗な例だがBURRN!やDOLLなどしか読んでいない人間は、メンズノンノはもとよりグッズプレス、プレジデントそしてものみの塔の出版物を精読しているような兄弟に太刀打ちできないのは確かだ。

故に。
幼少期における悪しき体験は、より一層人格に暗い影を落とすのである。

3歳から高校卒業まで私の両の尻はその愛撫を受けていた。右の尻が奥に位置する事が多かったから右の尻の隆起が大きいようだ。ここから影響を受けないでいられる理由などあろうか。3歳の子供、それは真っ白なカンバスである。そこに暴力の筆で書きなぐればどのような絵が書きあがるのか。問うまでもない。
鞭を暴力と呼ぶことに若干の抵抗を感じないでもない。何故だろうか。そこにやはり母の愛がかぶせられていたからだと思う。しかし客観的な事実はその表現と異なるだろう。私はほぼ毎日、奉仕中に手を放した、或いは集会中に寝ていた。等の理由から1~10発の鞭を受けていた。時には数十発、百を数えることもしばしばであった。そのうち幾らかは確かに痛みでもって教えなければならない場面もあったと思う。しかし、その多くは口頭で叱る事で目的は果たされたのではないかと今は感じる。やはり其処までの頻度の力による制裁は暴力と呼ぶべきだったかも知れない。
悲しいことに幼子は母の愛を疑わない。恐らく、どんな罵りや暴力を振るわれようとも自我が芽生える前の幼児は母の愛を疑わない。母は自分の正義、基準であり、さらに言えば神そのものだったのだ。故に、神が行うモノである為に、鞭の正当性に疑いを挟む余地など微塵も無い。叩かれる私が悪いのだ。そしてそれは愛に基づいている。私の神は当時の巡回監督の進めに従って、鞭の後、私をしかと抱きしめる事を常としていた。暴力と抱擁。心を蝕む翼君と岬君、つまりゴオルデンコンビである。

暴力の愛に魅入られた少年ゲハジの心は傷だらけになったのか。否、幼いが故にその力を飲み込み心の形そのものが歪んだのだ。黄金のように美しく、そして柔らかな幼心は打ち叩かれ、歪み、曲がり、捩れ、醜くなってしまったのだ。

とは言え、それは私の母の愛を写し取った形に他ならない。子は皆、親の愛の形に作られていくのだと思う。それがどんなに歪なものであろうと、それは愛の形なのだ。もしその形が美しく正しいものであれば、それはそのままでも良い。その愛を、自分の周囲や子々孫々に受け継げばよいのだ。しかし、それが美しく正しくなければ、それは否定すべきなのかもしれない。親の歪んだ愛を否定して正しい人間になる事が出来るのだろう。私のように歪んだ愛の形を肯定し、そこに拘泥する者はやはり異常者である。吐き気を催させるマザコン男として全人格をされるべきだろう。



小学校六年の時の事である。家庭科で料理を作る授業があり、食材も生徒が決めて、班ごとに土曜日の放課後、買出しに行くという事があった。班には私が恋心を寄せる女子がいた。足が速く、臀部が美しかった。
だが、我が家は我が神こと私の母は放課後の一般生徒との交流を固く禁じていた。況や異性の学友と時間を過ごすなど言語道断であった。
だから、不安を抱きつつ母に授業の事を伝えた。
答えは、否であった。
私も食い下がった。神の逆鱗に触れようとも、好きな女子と密に接する事が出来る好機を逃す訳には行かない。それは飽くまでも授業であり買出しもその一環であること、集会までには必ず戻ることを強く主張した。
従順であった筈の我が子が何故反抗するのか訝しみながら、母は驚くべき決断を下した。

行くのは止むを得ない。だが、買い物の後、20発の鞭を与える事とする。

当時の私はこれを大変に喜んだ。鞭を受けようとも、学友と買い物に行くことが出来るのだ。今思えばこれは狂気以外の何物でもないと理解できるが、当時の私にとって、それほどまでに鞭は日常化しその痛みも相対化されていたのだろう。そして少年期に当然あるだろう級友への帰属を強く希求していた表れだったとも考えられる。

買い物の日。私は嬉しさをこらえ切れず待ち合わせの学校に30分も早く到着していた。通常であれば、奉仕場所で集合している時間帯だ。私は狂喜のあまり校庭の鉄棒にぶら下がりグルグルと回っていた。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
なんだか気持ちがいいねぇ。
ゲハジ君!ゲハジ君!
友達に呼ばれる声で正気に戻った。

バスに乗り、スーパーへと向かう。揺られながら気付いた。大人の監視する目が無い状況で同年代の人間と接しているのは初めての体験だ。これが自由だ。言い知れない開放感と興奮が私を包んだ。隣には好意をよせる女子。会話をする事は出来なかった。側にいるだけで幸せだった。切ったばかりの短い髪の毛に見とれていた。それは暮れかけた日に光って綺麗な茶色だった。

だが、その幸せな時間は長くは続かなかった。急に背徳感と恐怖感が私を襲った。あと数時間後には母の鞭を受けるのだ。しかも、買い物が長引き、母に帰宅を約束していた時間まで迫っている。我が母は学校のある日に門限を設けていた。私は学校終了時から20分後には帰宅するように厳命されていたのである。それに背けば10発の鞭である。つまりこのまま帰宅が遅れるような事があれば、最低30発の鞭が私の柔らかい尻に爪あとを残す事になる。
恐らく我が家は近隣の会衆でも最も厳しい基準を持っていた。
小学校高学年の私の体は1、2発の鞭にはある程度耐える事が出来るようになっていた。だが、30発となると話は違う。30発の内、数発は大腿部や腰部にずれ大きな激痛を伴うだろう。また蚯蚓腫れの更にその上を打ち据えられれば、出血も有りうる。自分が鞭打たれる姿が脳裏に浮かび、脂汗が出てきた。友人達に急いで帰らなければならない旨を伝え、怪訝そうな目を向ける彼らを後にして走った。

鞭を打たれる僕のため
もっとバスよ真面目に走れ!

いつも、いつも私は何かに追われているようにして生きている。

気がつけば、母がその右手を振り翳していた。
16!17!18!
カウントする声が遠く聞こえる。
21!22!
ああ、間に合わなかったのだ。

告知済みの鞭だった為、母は感情的になっていなかった。鞭の直ぐ後に、買い物で何を買ったのか、授業では何を作るのかを尋ねてきた。私は穏やかでいる時の母が好きだ。痛む臀部をさすりながも、嬉々として来週作る菓子の事を話した。

翌日、体育の授業で使うマットを学友と準備する私がいた。友人が何故急いで帰ったかを尋ねる。私は何故か気分が良かったので、「トイレに来てよ。凄いもの見せてあげる。」と言い、トイレに学友を誘った。そこで、徐に体操着を下ろし、「見ろよ、うちは門限守らないとこうなるんだぜ!」と意気揚々と言った。
赤黒く腫れ上がった尻。幾重にも盛り上がった群生する蚯蚓腫れ。
学友は絶句した。

嗚呼、私達親子は、否、私はくるつていたのだ。



このような経験をして尚、私は母を憎んでいない。JWの家に生まれたことを強く悲しんだことがあるのは記憶している。だが、母自身を恨んだ記憶が無い。加えて母をこの道に引き込んだ司会者や組織に対する憎しみすら感じる事が出来ないでいる。これは恐らく健全な事では無いのだろう。それはやはり文中に述べたように鞭と矯正と愛情を混同して捉えてしまったのがその由であるように思う。
とは言え、実は7,8,90年代のエホバの証人の社会において、私のような境遇は取り立てて珍しいものではない。むしろ大勢を成すものだと言えよう。そうであるのにも関わらず、多くの元JWとは異なり、JWと家族との清算が出来ないでいる私は、やはり自分自身にこそ問題があるのに違いない。と結論せざるを得ない。

しかし恐らく、大量殺人を犯した人間達も、その影響元となったゲームや音楽それ自体を恨むことは決して無いだろう。彼らが恨むのは飽くまで人間社会全体である。私も同様なのである。

お門違いも甚だしい。

而して、私はこうした文章が良識ある多くの人々の神経を逆撫でするものである事も確乎りと認識している。とは言えそれを覆い隠してみたところで意味のある事は生まれないような気がする。やはりそれは私の心の中に歴然として存在するのだから、憎まれようと、疎まれようとも、変態野郎として身分が確立された今こそ、更に包み隠さず、人生を叙さむとする所存である。

冀わくは、私のような心情にある少数の人々が孤独ではない事を知る契機とならん事を。

--
だからいないって。
CM: 11
TB: 0

我、彷徨う故に我あり。 

ふと、CDショップに立ち寄った実に3,4年ぶりの事である。

ただ、それだけ。

視聴したCDをあげるだけの記事。

チェルベロさんこいつらお勧めっす。
もう知ってるって?
dragon guardian



agonist
女性デス声vo.
スゲ。


FACT
日本人なのにスゲ。
リンキン系の前半はイマイチですが、他の曲とかは変態ヘヴィな感じでイイ。
新しい事やろうとしてる感じも◎


hollywood undead
どうなんだろこういうラップ。
古くないのかな。でもスクリームの音質が好き。こんな声出せたら気持ちいいだろうなぁ。
http://www.youtube.com/watch?v=uQw6LHv46Pk

the Devil wears prada
お洒落なルックスの若者によるデスコアですな。多分。
これも突き刺さるようなデス声がいい。
まぁバンド名勝ちですね。


there for tomorrow
オッサンには爽やか過ぎるがメロディーはそこそこ秀逸。歌も上手そう。


kevin rudolf
こういうのが今、かっこいいのかな。オサンにはそのあたりちょっとわからん。
でも体がつき動かされる感じは凄い。


marilyn manson
実はオサン初めて聴いたようなもんなのだけど(恥)
結構イイですね。なんて言うんだろう。デカダンスな感じ。これも下半身が自然に動く感じですかね。
しかも段々カタルシスに向かってく感じもエエ。
http://www.youtube.com/watch?v=TWU5cdjXr9Q
埋め込めない。

まぁいい年したオサンが視聴コーナーでニヤニヤしてたわけでね。
何も買わず店を出る時の虚しさったらなかったです。



CM: 13
TB: 0

罪と罰 

椎名林檎はいい女である。あれで、あと六貫程でも太っていれば完全である。あの歌声、眼差し、肢体その全てに淫靡という形容詞が相応しい。そして尚且つ其処に知性も感じさせる女性を私は他に知らない。
いや、そういう話ではないのです。桐島さんから審理委員会の話を問われたので私の経験したそれについて叙述したいと思っていたのです。

以下にそれを記述したのですが、例によって無駄に長くそして気色の悪い文章になっていますので先に概略というか要旨を述べますと、
私は”宗教組織にとって”排斥処分と言うのは必要かつ有用なものであると感じています。ですのでそれ自体の存在を否定しようとは思いません。しかも私は犯した罪を自白し、その刑を甘んじる心積もりがあったので、特に審理委員会に対して不満や怒りと言った感情を持ちませんでした。私を担当した長老達も真摯な態度で臨んでくれたように感じました。何か卑猥な事柄を聞きたがるような様子も感じられませんでした。
しかしながら、もちろんこれはゲハジ個人の経験なので、他の審理委員会でも人権を踏みにじるような行為が無いと断じるものではありません。寧ろそういうケースの方が多いのだろうと思います。
また、いかに一般社会から見れば小数の人から成るカルト教団の排斥処分とは言え、取り調べ、起訴、刑執行がなされ、正に犯罪者扱いされるのは事実で、精神衛生上好ましく無い物だと思います。ですので、私のような変態自虐異常性格者で無い限り、そこから逃げてしまうのが良策だと思います。逃げると言うと何か卑怯な印象を持たせる言葉ですが、それは飽くまでもJW組織上のルールであり、それに乗る必要は無いと思います。と言い切ってしまいたいところなのですが、実際問題として物理的に逃げることが困難な場合もあるでしょうし、審理委員会に出向いた上で虚偽の証言で排斥を回避するのも、相手がある罪の場合には難しいかもしれませんし、余計な問題を招く可能性もあるでしょう。
やはり審理委員会に関してはケースバイケースでいちがいにアドバイスめいた事は言えないような気がします。
まとまらない上に参考にならない意見で本当に申し訳ないです。

あ、でもある程度具体的な状況がわかれば、掲示板等で先人達の良いアドバイスをもらえるかもしれないですね。

私のお勧めの掲示板はこちらです。

どせいさんのツナ缶(Lサイズ)

そして毎度、叙述のたびに注意事項を記載するのは私と言えども気が引けているのですが、記述を読んでから、それによって不快を催した被害を健全なる魂の持ち主に告発される場合もあると思いますので敢えて、殊更に書くことにします。ここに書かれているのは所謂マザコン、実母に対する異常愛ともとられかねない記述であります。特にパートナーのおられる女性はご注意ください。大丈夫。あなたの彼はこんな変態ではありません。




得心しました。
合点が行きました。
それは瞭然となりました。

私は、いえ僕は欲していたのです。
罰を。
罰せられたいと心の奥底で望んでいるのです。
恐らくは今でも。

僕の母さんは優しい人でした。幼い僕は優しいその笑顔が大好きでした。そして、その時は意識していなかったのですが、母さんはとても乳房の大きい人でした。胸囲は三尺をゆうに超えていたと思います。その母さんが、プラスティックの棒、布団叩きを時々、いえ毎日のように頭上高く振りかざしていたのです。母さんは僕を愛していると言いました。愛しているが故にそうしているのだと教えてくれました。だから、僕は罰を望んでいるのです。母さんと罰は一体なのだと思うのです。

僕は罰を受ける時に母さんを感じていたのだと思います。
時に数百を数えるその行為を受ける中、僕の心にはそれが刻まれていったのでしょう。
時に涙しながら、力を振り絞るその姿を思い浮かべる時、憎しみではなく懐かしさが胸にこみあげるのです。僕は狂っているのかもしれません。だけれども、それが今の僕の気持ちを作る礎に為っていることに気づいたのです。

成る程。と眼前の女性が相槌を打った。彼女はとある雑誌の記者で、カルト宗教の実情を記事にするのだと言う。発した言葉とは裏腹にその目には軽蔑の念が滲み出ている。それは仕方が無い事だろう。彼女が求めているのは、カルト宗教にあるべき社会的規範から逸脱した狂信的な体験談なのだから。それに対し、私は母への思慕などをつらつらと述べている。
「ではその審理委員会というのは実際にはどのようなものだったんですか?」


目の前には三人の男性が座っています。テイブルを挟んだ向こうの彼らの面持ちは一様に沈痛でした。
部屋が妙に暗いのが気になりました。この部屋はいつ来ても薄暗いのですが、確かにこのような場面では煌煌と明るい部屋にいるより、幾分か心が落ち着く効果もあるので、このくらいの照度にしているのだろうかと思いました。

僕の気持ちはといえば、それは厳刑を望む殺人者のそれと同じだったかも知れません。自分の侵した罪が自分の所属する社会、僕の場合はエホバの証人の組織の規範を犯したものであり、それには言い訳の余地が無いと思っていました。だけれども、神に対して深く贖罪を願っていたかというとそうでも無いような気がします。寧ろ、親切にしてくれた会衆の人に対して、自分を慕ってくれた若者たちに対して申し訳ないという部分が大きかったような気がします。

質問をされました。どこでそうした行為に及んだのか。それを何回行なったか。そのような事を聞かれたような気がします。よく言われているような行為の詳細については聞かれませんでした。長老たちが真摯に聖書を信じ、そして純粋に組織を信じていた事はよく伝わってきました。けして下卑た笑いを浮かべたりする事もありませんでした。
ただ、やはり彼らが私自身の福祉ではなく会衆の福祉を優先するのだろうと言う事は感じました。もはや私はその行為を繰り返す事は無く悔恨の情を表明してるにも関わらず排斥という決定事項が先にあるような問答の仕方だったように思います。しかし、それは組織運営上正しい事だと思います。やはり共同体の規則を逸脱した人間の福祉を二の次にすべきなのは当然でしょう。

そして長老と呼ばれる人たちは私を残して別室で審理を行うために扉の外へ出ました。

「つまりあなたはその処罰にも不服は無く、裁判、いや審理の方法にも疑問は抱いていなかったのですね」女性はもはや私の話に興味を失っているようだった。淡々とした口調がそれを感じさせる。
「では審理委員会の後、あなたはどうされたのですか?」質問は既に決まっているのだろう。極めて事務的に、無機質に女性が尋ねた。


本来は絶望するのが正しい状況の筈でした。これまでの人生、つまり肉親との関係も、友人との関係も、それなりに気づいてきた組織上の立ち位置も全て奪われるのです。聖書に書かれている着る物も奪われ戸外に追いやられた奴隷の気持ちになるべきでした。

でも僕の胸に去来したのは、絶望ではなく安堵に近い気持ちでした。
これで。
やっと罰してもらえる。
包皮が腫れ上がるまで身を汚した罪深いこの僕を。
こうでなくてはならない。
やはり神は罪を明らかにして下さるのだ。
罪の報いは死です。あの聖句こそ僕にとっては福音だ。
そのように思っていたのです。

長老達が戻りました。
「ゲハジさんを排斥にする事が決定されました」と言われたと思います。目の前の長老のひとりは泣き出さんばかりの悲壮な表情をしています。この兄弟は経験に富み、講話も理知的な良い兄弟でした。
ああ、泣かないで下さい。これで良いのです。罪人は罰を与えられる事で生かされるのです。兄弟のご恩には感謝しております。

その右に座っていた長老が憮然としつつ、上告が出来ること、悔い改めの道が残されている事を述べます。この兄弟は寛大なもてなしの精神に富み、貧し瀕するゲハジに食事を備え、幾度か旅行にさえ連れて行ってくれたのでした。
ああ、兄弟の怒りは尤もです。僕は赦しがたい忘恩の徒なのです。

もう一人の兄弟は無感動で凍てつくような視線で僕を見ています。
この兄弟にはあまり良い思い出がありません。その理不尽な物言いに憤慨した事もありました。
兄弟、どうぞあなたの義を遂行なさって下さい。あなたが睨んでいたとおり、やはり僕は道を踏み外しました。あなたは正しかったのです。せめて審理委員会を経験した事があなたに箔をつける結果になればよいのですが。

罪人にありがとうと感謝されたくはないだろうと思い「お時間をとらせて申し訳ありませんでした。」とだけ述べ一礼してその部屋を辞去しました。

外に出ると日は既に沈み暗くなっていました。
次の奉仕会の発表までは時間がありましたから、親しい友人達にメールをしました。明言は避けて自分が罪を犯した故に兄弟ではなくなる事。今までの親切に篤く感謝している旨をしたためました。
驚いた事に幾人かから返信があり、復帰を待っている。と書かれてありました。
会衆内外の多くのの姉妹達が僕の排斥を悲しんでくれたと言います。

私は何故か最後の部分で嘘をついた。私の排斥を悲しむ姉妹などいなかったに違いない。
 
「成る程。」女性が辟易した表情を隠すことなく書類を整理し始める。屈んだ時に、ブラウスの隙間からた撓(たわ)わな膨らみとその二つの稜線が織り成す谷間が覗いた。
彼女は視線に気づくと、怒りや軽蔑ではなく、憐憫の目で私を睨めつけた。

私は母を思い出していた。




マザコンキモス
CM: 5
TB: 0

▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。