ゲハジは別に犬死でいいじゃない。

JW追憶記

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自虐の詩 

まずはお聞きください。

筋肉少女帯 ”サーチライト” from album:キラキラと輝くもの 


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
やあ!ゲハジ!
最近なんだかマトモだなあ

やあ!ゲハジ!
ずいぶん。普通のこというなあ

やあ!ゲハジ!
奇を衒ったりしないのかい

世の中スネてる歳でもないかい!
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

と言うことで前回のエントリー。あれは無かったことにしてもらっていいかい。
いや、もちろんあれはあれで本心ではあるし、読んでくださっている方への感謝の気持ちは変わらないのだが。

ばうちんさんJW系ブログリンクを更新されてさ。RSS版も装備されたんだ。
これで更新されたブログを無駄なく読むことができるんだよね。
みんなが待っていたサービスを先取りしてくれた、ばうちんさんのその先見の明に驚くと共に、すごく感謝してるんだ。

だけれども、この非常に増えてきたJWブログを読んでてさ。ゲハジはなんか勘違いしちゃったんだな。よーしこんなにいっぱいJW系リンクが増えたから、俺もなんかいいことを書けば読者が増えるかもしれないな。そんないやらしい下心が無かったかと言えば嘘になる。

勘違いも甚だしいね。ゲハジの本分は優柔不断exJWの恥多き悲惨な末路を描き出すことだ。忘れちゃいけねぇ。

実はさ、家族がいるのに月収は20万を切るゲハジ。
妻が朝と夕のパートをして生計が成り立ってるんだ。
なんでこんな事になったかってぇとだ。
数年前に前職で、会社の中でも大きなプロジェクトの責任ある仕事を任されそうになったんだ。
もちろん給料も上がる。そこからすこし頑張れば給料の上昇と立場は殆ど保証されていた。多分。
でも、やっぱり仕事はまぁまぁ忙しかった。
脳裏に今までの大会で幾度と無く繰り返されてきた実演や経験が頭をよぎったのかもしれない。
世の成功を追い求めるべきなのか?
で、ゲハジは考えた。「家族と過ごす時間を捨てるべきなのか?間違っていたとしても家族との時間を過ごせる復帰を考慮に入れた転職をすべきではないか」
そんな時、かつての友人から電話が。
「給料安いけど、平日のみ、9時17時、残業なしの仕事やらない?」
ゲハジは飛びついた。

その仕事について一年が経過。

待遇かい?
月に夜勤10回、土日は休みなし。残業代、ボーナス無し。昇給無し。
この間は3日で40時間とか勤務したり。
体はボロボロ、家族とはすれ違い。

友人の薦めだからと暫く我慢したのが運の尽きさ。
友人はオレに仕事を引き継いでさっさと辞めた。

まぁだまされた訳だ。

泣いちまえ!泣いちまえ!ロンリーガイ!泣きながら行け!
おっとこれは別の詩だ。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
ゲハジの末路は哀れと聞くぜ。

オレみたいにはなるなよ。オレみたいにはなるなよ。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

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読んでくださる方の中にまぁここまでバカな方はいらっしゃらないかと思いますが、もし現役の方や、辞めて間もない方がいらしたら、こと仕事の選択に関してはぶれる事のない目標を定めてまっすぐに進んで頂きたいと切に願います。
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今、思う事。 

ニュートンの最新号は宇宙論の現在について書かれてまして。

ニュートンのウェッブサイトのリンク

それを読むと、最近の宇宙論の一つにこの宇宙は死滅と再生を繰り返した50回目くらいのモノなんじゃね、っていうのがあるらしいんですよ。この説はスーパーストリング理論が基になっているらしく、有力なものかどうかすらよくオラわからねえんだけども。とにかく宇宙ってのは悠久の時を刻んで来たんだろうなとバカなゲハジは想像したんです。

そんな途方もない時間の中で、
今、自分が生きている意味って何だろうと考える。

もちろん例によって答えは見つからず、僕らまた途方にくれるわけでありますが、そんな想像を絶する時間の中でこのブログや他のJWサイトを通じて何人かの方と言葉のやり取りをしている事にも考えが及びまして。

恐らくは一生お会いできないかも知れない方とJWという一点で知り合えて、しかも自分の書いた稚拙な文にコメントを寄せてくださる方もいらして、そこから啓発されてJWや人生に対しての考えを深める事が出来ている事に、何というか感謝だなぁと感じました。魂の交流というと大げさですが、それでも言葉を交わす事によって何かしらの人と人との交流が生まれ、それによって時には明日への活力を頂ける。本当にありがたいと思います。

ありがとう。




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ゲハジ君、なんだか気持ちがいいねぇ 

webって面白いなぁ。
チェルベロさんのブログでブックレビューの記事があり、そこにレスされた丸太さんのコメントに僕が好きな平野啓一郎の名前が出てきたので僕がエントリーを書く。ぐるぐるぐるぐる巡ってる感じが面白い。

何あろう平野啓一郎の日蝕
はこの十年でゲハジが最も読み返した本の一つであります。

中世のキリスト教を背景に宗教体験?を描き出す映画「薔薇の名前」にも通ずるゴチックな雰囲気が楽しめる小説です。日本人で特にキリスト教に育ったわけでもない(と思われる)著者が、真理を探求せんとする基督者の心理を見事に著していて驚いたものです。また発表当時は難読漢字を多用した文体にも注目が集まりました。てか未だに読めない文字があったりしますが、exJWの方は絶対面白いと思うのでオススメであります。

でもその後の平野啓一郎さんの作品は追ってないので、これから読んでみたいと思っております。

宣伝乙という事で。

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サイボーグじいちゃんG 

自慰行為とは読んで字の如く、自らを慰める行為である。
医学的には全く害が無いと言うのが現在の定説である。
しかし、そこには何も生み出すものが無いのも事実であろう。
自慰行為に耽る時間は、人生という貴重な時間の無駄遣いである事は
間違いがない。

自慰行為の後のあの虚しさは何なのだろうか。
慰めるつもりが自らを嬲られたようなそんな虚しい気持ちに襲われる。
見ないで。僕を見ないで。
伝え聞く所によると男性の場合、一回の自慰行為により100メートル全力で
走るのと同じ体力を消費するらしい。

これは何かに似ていると思われる。

そう。JWである。

JWとは壮大な自慰行為と言う事ができるのかもしれない。
何も生み出さず。精液のような本来、命を生み出すモノを無駄にし、
自らの体力だけを消費させる。そして慰めがもたらされるどころか、
後には言い知れない虚しさだけが残るのだ。

イカなければいいとかそういう話ではない。断じて。
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スキャナーダークリー 

勤務先へと歩いていました。
2m程前に、女子高生が一人で歩いていたのですが、細身で黒い髪を後ろで一つに結んでいた清楚な感じのその子が突然振り向き、私を睨んで舌打ちをしました。私の靴音が近いと感じ、不審に思ったようです。

何の気もなく、ただそこを歩いていただけだったのです。それなのに不意に汚い者を見るような目で見られ、ゲハジの心の中に、禍々しい感情が湧き起こり、「見てんじゃねぇ。○ス」と小さな声で呟いていました。


JWの頃だったらこんな呪詛の言葉を吐いただろうか。
JWから離れてゲハジの人格は向上しただろうか。
明らかに下降の一途を辿っているのではないだろうか。
JWを批判するのはいいが、それにふさわしい人格を自分が持てているだろうか。
今のままではJWにいる人が「JWをやめた人間はやはり堕落していくのだ」という言葉に反駁出来ないのではないだろうか。

そのような問いが自らの裡に浮かんできました。



いやまてよ。なんで細身とか黒髪って分かってたんだ。


どうやら自ら意識せず女子高生を視界の隅で走査していたようです。
確かに、エスパー伊東のようなおっさんが2m後ろで視線を向けていたら睨んで当然だわな。



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ミゼラブル 

石田徹也という方の絵が好きです。

31歳の若さで夭折されたのですが、
数多くの作品を残されています。
無表情に描かれた自画像のような
絵の数々に自分の気持ちを投影してしまいます。

生きる事や社会との関わりにおける
苦しみが表現されているようにも感じるし、
それでありながら、その事をユーモラスに
描出する客観性もある所が気に入っています。

いつか個展に行きたい。

ishida









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傲然屹立 

駅で二人の若い男性が肌を焼け焦がさんばかりの日差しのなか立っているのを見た。

もちろんYシャツにネクタイ。手にはものみの塔だ。

誰一人として興味を示さない。

当然である。人通りの少ない場所に敢えて立っている。

もし本気で人の命を救いたいなら、ティッシュ配りの方顔負けで人の行る場所を選んで動かなくてはならないはず。

そうすると警察の許可が必要になるかもしれないが、命がかかってるなら必要経費のはずである。

だが彼らはそうしない。

心にこの音信が絶対に正しいという確信が無いのは明らかだ。いや絶対の確信はあっても行動へと駆り立てるほどでは無く、ギリギリのラインでハルマゲドンを通過したいと考えているのかも知れない。

何れにせよ、ただひたすら時間が経つのを待つだけだ。

そして孵る日を忘れた地中の蝉のように、暗い心の闇の中でただひたすらハルマゲドンがくるのを待つ。

そんな彼らの前を手を繋いで、男と肌も露わな女が通り過ぎる。

清廉そうな彼らの若い血液が海綿体を屹立させているに違いない。

私に出来ることはなんだろう。
心の中やネットで組織に留まっている彼らをあざ笑ったりする事ではないのは確かだ。

彼等がふとネットをのぞいた時に自分を見つめてもらう鏡となるようにブログを書き続けるしかないのだろうか。

ならば書こう。彼らと同様に海綿体を熱く充血させて。

いやね、夜勤明けでただ疲労勃起してるだけなんですが…

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殆どの若い人は誰かが、何かが、そっと優しく背中を押せば現実に立ち返り、自分の望む人生を歩めるに違いないと思うんですよね。

まぁ自ら問題解決の為に動けるようじゃないと、本当の意味での解決には遠いのかもしれませんが。
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燃え尽きるほどヒート 

いやぁ暑い。

こんな暑い日はエロ…と書き始めようと僕も思ったのですが、チェルベロさんのブログjuteccaの素にて、素晴らしい枕話をされてしまったので、普通に書きます。

こんな暑い日は、夏の奉仕を思い出します。

子供をつれて散歩に出かけたのですが、ものの15分ほどで、もうギブアップ。「暑いよ~。疲れたよ~。歩けないよ~。」の連発です。結局アイスを買うことを提案し、なんとか目的地まで歩いてもらえました。

こんな年頃で、僕(ら)は9時~12時まで3時間、麦茶の水分補給のみで炎天下奉仕していたわけです。もちろん「あと何時間」とか聞こうものなら帰宅後のムチの執行が確定します。ジリジリと照りつける太陽の中、3時間が経過するのをひたすら待つ苦行に週3、4日耐えていたのです。

勿論、発展途上国の強制労働をしている児童達の大変さには及びもつかないのですが、幼少期のこうした体験は子供の精神に相当の影響を与えたと思われます。

そんな中でもっともキツい記憶として僕の心に刻まれているのは、次の体験です。

上にも述べたように、3時間の炎天下中の奉仕で水分補給の時間があるのですが、それは子供にとって本当に一瞬だけ心安らぐ時間であったわけです。公園のベンチなどに座り、親たちが証言の成果などを語り合う横で、子供同士で話をしたり出来るのです。その日も炎天下で消耗しきった体と喉を癒すべく休憩を取っていました。母が水筒から砂糖を少し混ぜた麦茶を注ぎ僕に渡そうとした瞬間です。同じ群の姉妹が「私にも飲ませてぇ」とそれをかっさらい水筒の蓋に口をつけて飲んでしまいましてね。その後、「ほらゲハジちゃんも飲むんでしょ」と渡されたのです。

いやね。ほらその姉妹は多分35~45くらいの年齢だったと思うんですが、夏川結衣とか余貴美子とかそんな綺麗な姉妹だったら、無類の熟女好きの少年ゲハジは大喜びしてジュルジュルとその後、吸い付くように飲んだ事でしょう。

でもな。その姉妹。まぁ”もたいまさこ”とか”片桐はいり”とか怪女優すら初級レベルに感じるほどのお方。その場でゲハジ少年は感極まり、号泣しながら「飲めないよ~」と拒否したのでした。

勿論、帰宅後の30発のムチの刑が確定し、「なんて失礼な事をいうの!」とこっぴどく叱られました。
そして、水分補給も出来ず喉をカラカラにし、ムチに怯える3時間と言う最悪の奉仕となりました。

まぁ今自分が、年をとりエスパー伊藤のようなナリになって見て考えると、本当に姉妹には申し訳ない事をしてしまったと思います。きっとゲハジと接する若い女の子たちもあの時の僕と同じ気持ちに違いない。

エスパ伊藤


でもさ、口つけないでくれよ。

だって自分の水筒もってたんだからさ。

あぁ嫌な事を思い出しました。


そんなことよりチェルベロさんのサイトjudeccaが兎に角、素晴らしいので皆さんご一読を。
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いいわけ 

LONLEY 僕は孤独なのかい
LONLEY 僕はひとりかい

ということで本日は、JWに対して煮え切らない態度をとり続けるゲハジのいいわけであります。思いつくまま書いたので、読みづらい上に意味不明であるかもしれません。ご注意下さい。

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相対主義、容認主義という名の罠にはまっているような気がする。

ツナ缶でDagonさんが指摘されておられ、そこでも書いたのですが、JW擁護とまでいかなくとも、ゲハジには「JWにもいい所はあるんだよ。いや、この世の価値基準をごらんよ。それはそれは酷いものだよ」という意識があり、そのような言葉を此処にもまた記してしまっています。

しかし、残念ながらそれは偽らざる今の自分の気持ちであり、元JWの仲間の輪から外されたくない一心で自分に嘘をついて「JW市ね」みたいな事ばかりを書き連ねる事をしてしまうのも誠実さに欠けると考えています。これに関してはJWによって家族が離散された方、家族を文字通り亡くされた方にとっては大変申し訳なく思いますし、憤慨の言葉を向けられてもそれを甘受するべきだなと考えております。

もしかしたら、他の人と比べて被害を受けてないから、JWに甘い考えを持つことが出来たり、のほほんと戯言を宣ふ事が出来るのかもしれません。

しかし、そういった立場の人間のみに考える事の出来る情報もあるのではないでしょうか。

犯罪が起こると、メディアは犯罪者の生い立ちや環境をつぶさに報道しますが、それは犯罪が起こる理由を探す目的で取捨選択された情報である場合が殆だと思います。そこには容疑者が幼少期に行なった悪事や人間関係の軋轢など、時には普通の人間でも持ち合わせるような情報がさも犯罪を誘発させたかのように報道されます。

しかし、容疑者を構成する要素はそれだけでない場合もあるかもしれません。幼少期には良い行いをしていた事があるかもしれません。そういった情報がないと、あたかも、容疑者が生まれついてからの悪人で、単純に「死んだほうがよくね。」という印象を多くの人が持ってしまう可能性があります。

ここで、私は自分に反論をします。人が人を裁く以上、情状によって斟酌されるような余計な情報は罪をぼかしてしまうので、犯罪を抑止する為にあえて目をつぶる必要もあるのではないか。こと被害者にとってそのような情報は混乱をもたらし、犯罪の2次被害のようなものを生み出してしまうのではないか。

そうかもしれません。

ただ、あたりまえの話ですが、このゲハジは何の知識もない、一介のJW経験者です。ですから、JWが許されざる者であるか、社会的にどのような処分を受けるべきかどうかなどの判断はちゃんとした知識や分析力をもった学者、識者の方におまかせして、自分はただ、経験した事やそこで感じたことを出来るだけそのままに発信する事でしかJW問題に貢献できないのではないかと思うのです。

科学的分析では、情報を収集するさいに対象を広くし、研究対象とそれと異なる対象群のデータをみる事によってその研究対象の特性を見極める事が可能となると何かの本で読みました。

批判的な情報のみが集まっても、正しく客観的なJW問題の究明というのは難しくなる可能性があります。それゆえゲハジは敢えて自分の立場が他の人を苛立たせるような事になろうとも、感じたままに書いていこうと思っております。言葉には配慮をもたせたいとは考えておりますが…。

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いや~ほんと自分でも意味わかんね~しつまんね~文だなと思いました。
申し訳ないです。

淋しい夜はごめんだ。
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かつて僕らもそこにいた。 

先日エントリーした一連の現役JWの件に関連して、様々な意見が飛び交っている。中には現役JWがブログを閲覧していた事を非難するような意見が散見されるが、それにゲハジは違和感を覚えずにいられない。脱JWの観点からすれば、より多くの人がJWから抜け出る事を望むべきだし、情報を発信する立場であればそれに資する情報を提供して然るべきであろう。敢えて言うなら、家の人を裁かず、すべての人が羊となる可能性があると見ていたように、全てのJWも目を覚ます可能性のある人と捉えるべきなのではないだろうか。そうでなければそれは狭量なJWにも悖る価値観であり、危険な差別主義に陥る可能性も孕んだ態度だと危惧するのである。

>1
一連の現役、まで読んだ。

(屮°д°)屮 何様ぁ~?

1です。
ちょっと難しい言葉使いで書いてみたかっただけなの。と言ってみる。
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