ゲハジは別に犬死でいいじゃない。

JW追憶記

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ニアミスサドネス 

バスを降りて家に向かって歩いていました。降り続いた雨が上がり、気持ちの良い匂いがしました。けれども自分は俯きながら歩いていたのです。俯きがちに私は路傍の花々に気がつきました。

flower

花は美しい。しかし、何故花は群生しても美しいと感じさせるのだろう。もしこれが乳房だったらどうだろうか。完全な形の美しい乳房があったとしよう。しかしそれは群生していたらきっと美しくは感じられないのではないだろうか。そうだ、やはり乳房はそれ自体で美しさを完成する物ではないのだ。その上に位置する鎖骨、横を額縁のように装飾する両腕、その下を優雅に支える芸術品のような台座の如き腰部のくびれ。それらがあって初めて完成する芸術なのだ。

そのような妄覚を抱きながら歩いておりますと、前から二人の男性が近づいてくるのに気がつきました。かつての私の友人達、すなわちエホバの証人の人々であります。彼らは恐ろしく遅い速度で歩いていました。何と哀れな人たちなのでしょう。真理とは程遠い1世紀前の新宗教家の呪縛に縛られ21世紀の今、来るはずも無いハルマゲドンをふれ告げ、目標の無い人生を歩んでいるのです。私は彼らとすれ違う時に憐憫の目を向けてやりました。

数日後。

私は妻と久しぶりに二人きりで出かけ、夕食をとある焼肉屋でとることにしました。あまりお金が無いので2,3皿を頼むのが精一杯でした。それでも妻は私に笑顔を向けてくれていました。そこへ、先日すれ違ったエホバの証人がお店に入ってきたのです。彼らが座ったのはちょうど向かいの席でした。なんとはなしに声のトーンが低くなります。別に後ろめたい気持ちはありませんでした。彼らは乾杯こそしないものの、楽しげにお酒を酌み交わしたくさんの肉を食していました。

私はチンと明かりがつくように気がついたのです。

そこにいた彼らの殆どが自営業を営んでいます。かつて彼らは週3日の働きで20万強の収入は確実に得ていました。現在でも恐らく状況は変わらないでしょう。寧ろその食べっぷりを見る限り、状況は良いものになっていると考えられます。そして彼らは会衆での良い立場を得、長老として人々を牧し、慕われているであろう事も容易に想像できます。
翻って私はといえば、朝始発に乗って、日雇い人夫のような仕事を周5~6日こなして20万弱の収入しかありません。そして友人はおらず、社会でも最底辺のヒエラルキーに属しているのです。

収入もしっかりあり、神に仕える業も弛まず行う人。
神にも仕えず、収入も無い人。
どちらが人間としてまともか。問うまでもありません。

私は、去る日に彼らを蔑む様に笑った自分を呪いました。
そして、目の前にいる愛する人の目を見ることが酷く憚られました。
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CLAMPのキャラ画が酷い件について。 

いかん。常習化してきてしまいました。
京極夏彦作 「魍魎の匣」がアニメになってると先般知ったのですが、キャラが酷い。しかも書いてるのはCLAMP。僕ぁ今ひとつこのCLAMPさん達の絵が好きではないのです。今時12頭身はダサいだろう。中禅寺が木場より背が高いっておかしくね。って日テレのwebサイトださっとか思いつつ動画を閲覧。(日テレの中の人、CLAMP大ファンの方がいたらごめんなさい。)

前言撤回。声優やキャラも意外とイイじゃない!私が活字で妄想していたのと、かなり近くてビックリしました。やっぱプロは凄いよね。

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何故、人、人生、その不幸というのは、俯瞰してみるならばこれ程滑稽なのか。
下卑た戯れと言われても返す言葉も無い文を書き連ねてる間、実は私は耗弱と言わざるを得ない精神状態に陥っていた。

JWを離れて5,6年が経とうとしている私に、よもやJWだったが故に人から罵られる事があろうとは、予想だにしなかった。

私の職場にはJWがいる。彼は見るからにJWである。青年であるにも関わらず、筋肉の量が少なく不健康そうな痩身で、表情も非常に乏しく笑顔が歪である。血色も悪い。妙に物腰柔らかな態度だが、不遜な物言いが鼻に付く事もある。

彼を採用する事に決めたのは私の上席者だった。
私は、JWが職場に入ることに一抹の不安を覚えつつも、宗教信条故に人を差別する事を由としない為、そのJWが職務を勤勉に果たすのであれば、何も問題は無いと思い、その判断に異を唱えなかった。いや、ひそかに彼がJWである故の勤勉さが会社の人間に評価される事を期待すらしていたかもしれない。
しかし彼は、仕事の飲み込みも今ひとつな上に、研修中から休憩時間にJW文書を開き、事あるごとに自分がJWである事を他の人に証言するなど、不安が的中する形を示していた。当然、職場の他の人間から「あの人ってエホバなんですってね。」等と言われる事になる。
私は「そのようですね」と言ってその場を繕っていた。
そんなある日、彼の同僚から私の家に電話がかかってきた。その男は私より30ばかり年上である。
「おめーらグルなんだろう!」
「キリスト教やってるのは知ってるんだ。会社の奴はみんな知ってる。」
私はこの年上の男とJWの男、二人の勤務シフトを作成していたのだが、その年上の男は、JWの同僚が特定の曜日に休みをとることに文句をつけてきたのだった。しかし、その仕事に於いて、その年上の男のシフトとJWの同僚のシフトは全く関係の無い物なのだ。つまり単なる言いがかりでしかない。
「おめーもキリスト教なんだろう!答えろよ!」

私の中の何かが弾ける。
檄した。
「だったらどうした!てめー日本憲法知ってんのか!」
「あぁキリスト教だよ!だから何だ!悪いか!」
棄教した筈なのに何故かこんな事を口走っていた。

宗教で人を不幸にする人間は最低だが、人を思想信条故に見下す人間はそれよりも最低だと思う。
こんな奴は許しておけない。どす黒い感情が首を擡げ、醜い悪阻となって口から迸る。全身が怒りでシェイクシェイクブギーな胸騒ぎをしていた。

電話を叩き切り振り返ると、私を見ていた。
私の子供だ。
我に返る。
「お父さん、会社の人に怒ってたの?」

胸を突き刺す程の悲しみが押し寄せる。怒りは中から湧くようにせり上がる。
何故だ。JWを離れたと言うのに、何故こんな目に合わなければならない。
暫時して悲しみと怒りを簡単に飲み込む程の恥ずかしさが襲ってきた。
我が子に醜態を晒した恥ずかしさだ。
こんな父親ですまない。
「ごめんね」詫びたところで父親の怒声を聞いた傷は癒えないだろう。だが、それしか言えなかった。

少し冷静になり気付く。いやまて。何故あの老獪は私がJWであると知っているのだ。
私は件のJWの男が入職する際に、自らがJW排斥者である事を告げていた。彼の信条を理解する故、大会等でシフトに入れない際には、十分前もって連絡が欲しい旨も告げていた。
奴が言い広めたのか。これだからJWは困る。勝手に人の個人情報を社内に漏らすなど常識はずれも甚だしい。

老獪、JW双方に対する怒りが体に満ちていた。その日以降、左瞼の痙攣と左胸の絞扼感が起こり、胃痛も酷くなっていった。

後日、JWの男に問いただした。私がJWである事を吹聴したのか。
返答は否であった。

つまり、こうである。ゲハジの容貌や態度、人柄が、冒頭に述べたそのJWのそれらと酷似しているのだ。それ故、社内の人間はその共通項から類推して判断したのだろうと思われる。それが証拠に幾度と無くそのJWと私は人から呼び間違えられるのだ。休憩時間に「生、死、神秘体験」とか「臨死体験」とかそんな本を読んでいた事もそれを補っていたに違いない。

憎むべきは我が身であった。

滑稽にも程がある。

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さ!夏に向けて筋トレだ!
いやいつも5月はそんな事を言っているのですが。

あ、マッチョだったりイケメソだったりする現JWの方、ごめんなさい。
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マクドナルドで食事をした。仕事中であり、移動で時間がとれず已む無くのチョイスである。無論の事、セットなど頼めるわけも無く、ハンバーガーとコーラのSサイズを注文する事を決めた。レジは二つ空いている。右側の列を選んだ。私の前に並んでいた高齢の方が初めてマクドナルドに来たらしく、注文するのに手間取っている。気付けば私より数分後に来店した客が既に食事をしている。自分の列だけ進むのが遅いのはいつもの事である。

その事実に私は、悄然としながらトレイの上に小さくならんだ二つの食物を零さないように苦慮しながら席を探した。フロアーを2周ほどして見つけた一つの席に腰をかける。

隣には、不思議な男性が座っていた。コーヒーだけがトレイに載っている。これは別段珍しい事では無い。私もコーヒー一杯のみで時間をつぶす事は儘ある。その男は折り目正しい清潔なスーツ姿で、身長は180センチ以上あると思われた。私は彼の右隣に座ったので、横目でその容貌を捉えていた。顔は中国のバスケット選手のような面容であり、表情は乏しかった。体臭がきつい訳でもない。何故、私はこの男を不思議だと感じたのだろう。と思う。目を前に向けると彼のテーブルに一冊の雑誌が置かれているのが視野に入る。薄手の雑誌だ。更に見ているとそれは中国語の雑誌である事がわかった。漢字が2段組で並んでいる。また彼はその雑誌を読みながら電子辞書を片手で操っていた。私の脳が一つの可能性を示唆する。

彼はJWなのか。

どうやらそのようだ。

捲ったページの右隅にあの独特の写真と、下段にある質問のような部分を見て、私は確信した。彼は中国語会衆の人なのだろう。しかし、何かがおかしい。彼は電子辞書を片手にものみの塔を予習しているのだが、その姿が非常に不自然なものに感じられる。暫時の後、気付く。聖書が無いのだ。彼は聖書無しでものみの塔を予習しているのだ。JWの研究はやはり聖書ではなく、協会の出版物を研究するものなのだと得心した。彼の行動は更に私の注目を引いた。彼は何故か雑誌を閉じ、裏面を表にして、ものみの塔を鞄にしまったのだ。それは表紙を隣の私に見せないようにしていたように感じられた。もしかするとそれは中国という禁令下での活動に備えた「蛇のように用心深い」行動なのかもしれないが、単純にものみの塔を人に見られるのを恥じているのではないかと疑える所作でもあった。

このような時に、つまりJWである事を恥じているような可能性がある人に出会ったとき、脱JWとして謂わば逆非公式の証言が出来るようであるべきなのだろうか。やはりそれは溺れかかっている人を見殺しにしているような状況ではないのか。では、それはどのようにするのが効果的なのだろうかと、逆の伝道者になったような気分で考えている自分がいた。

彼が立ち去る。

それほど大きくは無いが、やはり歴然とした罪悪感が私の中に残された。

その後、トイレに入り鏡を見やると、無精ひげを蓄え、髪の毛には脂が溜まり、眼窩は窪み、隈(くま)で縁取られた澱んだ目を向ける男がそこにいた。蜚蠊じみている。この男はどう見ても幸せな状況にあるとは言えない。このような人間が、「あなたの宗教はまやかしである」といった所で、何の説得力を持たないことは瞭然である。先程、出会ったJWの青年に真実を伝えられなかった事を悔やむような気持ちでいた自分が酷く滑稽に思えた。



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さっきwikiみたらJWって世界人口の0.1パーセントも存在するんですね。そりゃニアミスも普通にするがな。とか思いました。

タイトル関係なくてすいません。
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女子高生とわたくし 

黒い髪と長い睫毛が印象的だった。

ゲハジは、いつものように始業時刻に間に合う最後の電車に乗るため、走って駅の階段を駆け下りていた。何とか間に合い、発車メロディーが流れる中、飛び込むようにして車両に乗り込む。

車内は10パーセント程の混雑率。まばらに人がいる程度だ。たった3駅乗るだけだが座る事にした。まばらであった車内であったのに、丁度対面には女子高生が座っていた。図った訳ではない。

恐らくは乗り込んだ駅が同じだったのだろう。その女の子は駅の近くにある高校の制服を着ている。そこは、さほど偏差値の高い高校ではなく、夜の接客業の方かと見紛うような生徒が多い高校である。しかし、彼女は少し同級生とは違う印象をゲハジに与えた。

黒い髪だが、決して重苦しい感じはしない。ハーフアップにし、毛先は遊び過ぎないほどに鋤かれている。眉も自然に残しつつ、優しい印象のカーブに整えている。睫毛は自毛だろう、自然にカールしていて長さがあり、薄い化粧でありながらも、貧相な印象になるのを防いでいる。瞳が大きく、円らでは無いが黒目がちで、人を魅了する笑顔が想像できるようだ。

乳房は、服の上からはあまり目立たず、体についている多くは無いだろう脂肪に比例した高校生らしい大きさに見える。一方足は、スポーツをしているのだろうか、上半身と比べると、やや肉付きが良い印象だ。そして、スカートが同級生のそれよりは長いのだろうが、膝上15cmくらいの丈であるため、正面に座るゲハジからは腿があらわになっており、精子、もとい正視に堪えない。

電車が走り出すとその高校生が鞄を膝の上に置いて、中から本を取り出した。自分の視線が気になり膝を隠そうとしたのだろうかと不安になるゲハジ。決して注視などしてはいないのだが。

興味を失ったゲハジ。自分の鞄に入っていた谷崎潤一郎でも読もうかと思ったその時、違和感を憶えた。何かがおかしい。何だ。もう一度高校生に視線を戻す。

彼女の持っている本。それはJWのペーパーバックの書籍だった。
そして筆記具を持ち出し、線を引きはじめた。書籍研究の予習だろうか。目の前にいる醜い男が膝頭に目をやっているだろう事など気にもせず、真剣に読み込んでいる。

2世離れが叫ばれて久しい、残っている2世もそれほど真剣にしている方は少ないだろうと考えていた。しかし、学校に書籍を持って行き、下校途中の電車内で予習をするような2世が未だいるのだ。彼女は少しだけ、本の表紙が見えないように傾けていた所を見ると、恥ずかしいと感じる気持ちはあるのかも知れない。だが、注解をしなかったりすれば、親や、群の仲間から霊性が落ちた、などと注意を受ける可能性があるのを恐れて、集会までに予習をなんとか済まそうとしているのかもしれないと想像させられた。

彼女を不幸であると断定するのは間違いかもしれない。JWから出る事それが即ち幸福だとは限らない。多くの同級生のように何も考えず、享楽的に生きているのが幸せだとも言えないだろう。

だが、何とも遣り切れない思いがゲハジの心に残った。視線も膝に残ったままだったが。

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いや、何となくそんな印象だったのをスゴク盛って書いただけですよ(汗
女子高生とかあんまり、いや全然興味ないですから(大汗
あと、谷崎潤一郎も嘘です。京極夏彦だったと思います。すいません。

でも、なんか血の責任ていうか、知ってる者の責任みたいなの感じちゃいますね。特に完全なる本意でやってないけど、真面目に頑張ってる2世の方とかをみると。

話しかけて、真実を教えてあげたい。と言う気持ちになります。でも、今回の状況はやったら多分逮捕だったと思うので、やんなくて良かったんですが。
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好きな作家について 宮部みゆき 

宮部みゆきの著作が好きです。
と言っても、「火車」や「理由」などの長編?推理ものを何点かえり好んで読んでいるだけなのですが。

時々、ストーリーに無理があるような気がすることもあるのですが、この作家の書く登場人物の言動にあまり違和感を感じないのが、好きな理由です。
中年の刑事が彼女の作品には良く出てきますが、普通の男性作家が書くより自然な表現になっていると思います。

そして、時折覗かせる彼女の人や社会、犯罪に対する思想も、違和感無く感じられたりします。

で、今日も”東京下町殺人暮色”を読んでいたのですが、その中でハっとさせられた文がありました。事件を捜査する刑事が、聞き込みで出会った犯罪被害者の会に関わる女性を評して言った言葉です。

以下引用

「あれは『許せませんわ』型の女だな」
肩を回して凝りをほぐしながら、伊原は言った。
「少年法のことに入れ込んでいるのも、今現在は『許せませんわ』と思う対象がほかに見つからないからだよ。賭けてもいいぞ。あれで亭主に浮気でもされてみろ。市民運動のことなんか、ケロリと忘れてしまうから」
久保田はさすがに疲れた様子で、足どりが重い。
「僕も、社会参加しようとする女性は好きですけど、ああいうタイプは苦手ですね。なんというか趣味でやっていると言う気がする。」
「欲求不満だな。一種の目立ちたがり屋だ。妙なもんでね、本当に目的をもって活動しようとしている集団には、必ずああいうのが入ってて、どういうわけか偉くみられたりするもんだ     おい、見てみろよ」



引用終わり

ここまで冷徹に同性の醜い部分を客観的に描ける事に、薄ら寒い気分にすらなりました。そして、JWにもそういう方々が確かにいたな。とか思い出しました。

僕も苦手でした。「許せませんわ」型の女性。

でも、「許せないと思うんです。」とか「許せないです」って言う女性は苦手じゃありませんでした。

なんだろう、言葉に出来ないこのニュアンスの違い。強い独善性を感じるか、感じないかと言う違いでしょうか。根拠が無くても強弁してしまうような性格をイメージしてしまいます。「姉妹のスカートは躓きの元よ」とか言えてしまう人。

とは言え、独善的なのは男の方が多く見られる事だと思います。女性は艶やかでいるべき、巨乳であるべき、と言うような旧態然とした考えを持っている私の方が問題でしょう。そんな奴に女性は云々など言われたくない。

いや、でもチャキチャキしてるのと「許せませんわ」型は違うんですよ。多分。簡単な言葉で言えば、僭越の線を知ってるかどうかって事でしょうか。よく思い出すと、物事ははっきり言うけど、それを人には押し付けないカッコいい姉妹もいました。逆に「兄弟のコートの丈はふさわしくない」とか言えちゃう長老もいたりして。

そう考えると、JWも一般社会と対して変わらなかったんだなと改めて思います。
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