ゲハジは別に犬死でいいじゃない。

JW追憶記

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ゲハジですっ!
this is it!
20世紀最高のエンターテイナー!孤高のイコンの最後の勇姿っ!
はっきり言って今年最高の映画!見ないと損するわよ!
私の好きな映画の内、三本の指が入る傑作です!

ああ、すいません。


this is it 観てまいりました。以下だらだらとレビュー?をば

某先輩ブロガーの素晴らしいレビューに感化され、観賞を決意しました。
ゲハジ小学校6年の時、テレビで放映されたBADツアーのドキュメントを見て、脳髄ズガンとやられたのです。当時はgoogleでbad lyricsと打てば歌詞がたちどころにわかるなんて事はありませんでしたから、テレビにラジカセをくっつけて録音し、空耳で歌詞を拾ってノートに書いて一生懸命歌ったものです。
そんな私でありますから、MJに最後に香典を送るつもりで見ることにしたのでした。

というのも、たかがリハーサル風景。それは単なるドキュメントの枠をでないのではないか。そんな風に思っていたのは事実です。大きな期待は禁物だ。そう自分に言い聞かせながらシアターの扉を空けたのでした。席に着くと、となりには太っちょカウボーイのような男性。ちょっぴり萎えました。


しかし、全ては杞憂でありました。

2時間程の間に、これほど何度も身震い、悪寒を感じた事は未だかつてありません。

流石はMJが人生最後のコンサートの監督をまかせたケニーオルテガ。マイケルの魅力を余すところ無く伝える作品に仕上げておられました。この映画の素晴らしい所はそのバランス感覚であるように思えました。MJを敬まうばかりのMJマンセー映画に堕すことなく、彼に対する良心的(好意的)批判姿勢も失っていないように感じられたのです。

しかしながら、マイケルの姿に神性を感じたのは私だけではありますまい。

冒頭、MJがバンドメンバーにベースラインのニュアンスを伝える為、ベースラインをスキャットをするのですが、もうそのスキャットで彼が音楽の神に愛された人間であり、その神性を纏った存在であることが伝わってきて2,3滴失禁せざるを得ませんでした。

もはやMJはバッハやモーツァルトなどの楽聖に列せられてもおかしくない。と言っても言い過ぎではない。そう思うほど彼のパフォーマンスは素晴らしいものでした。
正確に言えば彼を愛した音楽の神はリズム、律動の神なのでしょう。

彼の到底50歳には見えないムーブ。確かにリハ故の緩い動きも見られましたが、殆どのダンスシーンで後ろのマッチョ若者ダンサーが霞む程のキレを見せていました。

50を過ぎて美しいバラッドを歌える人は数多くいれど、ソリッドな楽曲を歌いこなし、踊れるのは彼をおいて他にいないでしょう。
サウンドチェックでも彼は渾身のダンスを挟みながら歌います。
やはりゲハジにとって白眉はThey Don't Care About Usでした。思わず敬礼しそうになります。

不謹慎でありますが、彼が公演前に亡くなり、正直、スターとして老いを見せる前に亡くなったのは、ある意味よかったのではと思ったりもしましたが、それは誤りでした。彼は最高のステージをやる力がありながら死んでしまったのです。本当に惜しい死だったのだと感じます。

彼が、ある意味で音楽の神に愛でられ、そして殺されたのではないかと思うシーンがありました。
彼がサウンドチェックで歌を歌い終えると「まだ僕はウォーミングアップしてるんだ。全力で歌わせないでよ」と言います。周りはその歌声を絶賛しますが、彼は非常に真剣な表情で、全力ではまだ歌いたくないと訴えます。
いやいやあんたが自分から歌ったんでしょ!というなかれ。彼は例え周りがスタッフであろうと周りの期待を感じると、振り切るほどのパワーで歌ってしまうのでしょう。恐らくは音楽の神に突き動かされて。

どう考えても、50歳の痩せた肉体があのパフォーマンスを支えきれるとは思えません。

そう考えると、彼は死すべくして死んだ。音楽の神の神性に人の肉体が耐え切れなかったのでは無いだろうかと。思えるのです。

堅いドラムのヘッドが、突然、破れるかのように、彼の体は空前絶後のパーカッシヴな音楽を鳴らしつづけたが為に終わりを向かえたのだと思うのです。

そして、この映画は彼の音楽の素晴らしさを伝えると同時に、彼の人間性の素晴らしさも記録しています。「怒ってるんじゃないよ」こんな言葉を挟んで、細かい指示をスタッフに与えます。そんな前置き無くても目の前のスタッフは喜んで指示に従うでしょう。しかし彼は、彼を厳しく育てた父親に倣わず、愛と優しさで人を動かそうとしていたのです。

彼の幼少期の映像と現在の彼が続けて映し出された時、彼の純真な笑顔が今もなお失われていなかった事に非人のゲハジも涙を禁じえませんでした。そしてその笑顔は永遠に失われてしまったのです。

マイケル。ありがとう、お疲れ様でした。
あなたがJWの人生を歩まないことで多くの人たちに希望や感動が与えられました。僕もその一人です。

この映画全体からゲハジが感じたのは、人間は目的や目標を持って懸命に生きる時、誰でも、どんな人でも輝きに満ちる事が出来るのだということです。MJは特別な才能があった訳では無いと思います。只誰よりも強く、輝ける自分を信じていたのではないでしょうか。

劇場に明かりが点ります。
ゲハジは隣で涙を拭う妻の手を握り、自分が輝きを見逃してはならないのはこの人だ。君の輝きを僕はもう見逃さない。と強く感じたのです。そして今日は君を強く愛そう。そう誓ったのです。

だがしかし、ゲハジはその夜、役に立ちませんでした。

this is shit.
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っ下らない、しかも落としきれてないオチと長くウザイ文章ですいません。
いやでもマジいい映画です!今からでも見れる方は是非!さらに公開期間も伸びたようです!
公式サイトはコチラ
http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/
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誤解を恐れずに言えば、JWを経験した者はある意味に於いて戦争経験者の体験と同等或いはそれ以上の苦しみを味わったと言えなくも無いと感ずるのである。こと日本に於いては、宗教を信心する事自体が、現代の日本の価値観の中では、当然の如く奇異の目で見られ、特殊な事であるとされるので、一般社会など周囲の理解を得られないという点で、その苦しみはやはり戦争体験と比するほど強いものであると考える。戦争体験は国民全体が負い、その復興も全国民で行なってきた側面があるのに対し、JW問題に関わった人間はあくまでも少数派であり、夏になると蜂に刺される人がいても、また正月にもちを喉に詰まらせて死んだ人がいても、それは運が悪い人だけだと誰も根本的な対策を立てない問題のように無視されてしまう。

そこで、JW経験者がその体験を綴る時、同じくした経験者は共感を覚え、私は一人ではなかったと立ち上がる力を得るし、経験者ならざるものも理解を深め、エホバの証人だったという人間も、一介の普通の感情を持つ人であると感じさせるのに資するだろうし、あるいは社会復帰に対する助力を惜しまなくなるのではないだろうか。

ってですね。チェルベロさんのサイト:エホバの証人の子供に生まれてがリニューアルされました!
URL:http://www7b.biglobe.ne.jp/judecca/13/htm/
改めて読ませて頂いたのですが、上記のように、やはり一人一人の体験を残していくのって重要だなと思ったのでした。なら最初からそう書けよ。

今回のリニューアルの大幅な変更点はデザインの様ですが、それに加えその内容もやはり素晴らしいものだと感嘆いたしました。、非常にシンプルでその内容に読者の注意を向ける洗練されたものになっています。しかし、シンプルといって機能面で優れていないわけはなく、読者が、今、全体の中のどこを読んでるかが瞬時に判るデザインになっています。さりげない親切。それがカッコええ!

JWの体験を綴ったサイトは今までもありましたが、最近は特にサイトを構築して公開される方が少ない中での貴重なものとなると思いました。私ごときがJW体験記を綴る事の功利性を今更書く意味は無いと思いますが、ちょっと思いついたことを書かせて下さい。

最近はブログでJW時代の経験を綴る方が多いですが、ブログは参照するのが難しく、デザインによっては過去記事によい記事があってもアクセスが容易では無い一面があります。一方、チェルベロさんのようにウェブサイトとして纏めて頂けると、くり返し読むことが出来ますし、他のサイトやブログに参照がしやすいという利点があります。特に体験記などのある程度の分量になる文章はサイトとして残すのがベターなのだろうと思います。しかしサイトは更新が面倒でマークアップ言語等の知識も必要ですから、ブログを一方で持ち、関心を集めた上でサイトへ誘導するのが効果的なのかなとも思います。

てエロそうにすいません。

そんな事よりチェルベロさんの体験の内容ですが、僕が興味をひかれたのは、チェルベロさんが殆ど外部の力を受けずに脱JWを果たされた点です。死に物狂いという表現が適切か判らないのですが、非常な苦闘の末に自らJWの呪縛を解き放つ過程は、感動というと大変陳腐で失礼ですが、確かに心が揺り動かされました。

さらにチェルベロさんが、また自力で家族を説得されていかれるのですが、文面では比較的淡々とされた印象を受けましたが、相当の努力や苦悩があったのだろうと想像しました。未だ現役の家族を持ち、特に若年者の姉弟に離塔をさせたいゲハジとしては、さらに具体的に家族への説得が行われたかについて、これ以降の更新でこの点が詳らかにされていく事を希望しますが、全体のバランスなどの問題もあると思いますし、あくまで1読者の要望にすぎませんのでお気になさらないで下さい。しかし敢えて僭越を承知で言えば、チェルベロさんの記述に加え、ゆずぽんさんの、説得を受けた側としての心理にも興味があります。どういった思考の順序でJWの教理から逃れることが出来たのか知りたいです。とはいえ、これも勿論単なる一読者の淡い希望に過ぎません。

確かにチェルベロさんが多くの労力をはらい綴ってくださった体験はあくまで一つのケースであり、全てが自分の状況に当てはまる情報ではないかもしれません。しかし、このような一連の流れに沿った体験談が、読まれ、さらに他の元JWによって多く書かれて行くようになるなら、未だJW問題に悩む人々の行動に道標が打ち立てられ、足元を照らす光のようになるのではないかと思います。


かように私が殊更にチェルベロさんのサイトを褒めそやし(心から)、声高に喧伝するのには大きな理由があります。それはチェルベロさんが眉目麗しい好青年(想像)だからであります。これは単に私が美少年もとい美男子好きという変態めいた趣味に基づくものではありません。世に情報を発信するに当たって効果を高めるのに容姿端麗というのは非常に重要な要素になるからであります。例えば、聖書物語の本に出てくるイエス様の姿がフットボール岩尾のそれであったならば、2世の多くはもっと早くに離脱が可能だったに違い無い事からもそれは明らかです。あの整った顔、大胸筋に無意識に惹かれ、刑場の苦しみを増幅して読んだ筈なのです。


加えてテキスト部分ですが、私のブログの文を実力がなく過剰に宝飾した日本のB級ビジュアル系バンドに例えると、世界に名だたるRADIOHEADの木田以降の音に例えられるかもしれません。まぁ稚拙な例えで申し訳ない。つまり、淡々と感情を抑えた表現を用いて、読者にその中に秘められた感情を汲み取るのを委ねるようなそんな洗練された世界観のような気がしました。

ヴィジュの例。"shazna"


RADIOHEAD
everything its right place


おまけ

下のバンドはそんな敬愛するチェルベロさんに見ていただきたいバンドです。
"Unexept"
フィメールvoとデス?声、変拍子にクラシカルな旋律。なんかこれだけ書くと壺押さえてるような気がするのですが、ちょっと変な感じのバンドです。チェッキラp!

http://www.youtube.com/watch?v=kbSUEbG3OVE



いやいや、こんな神曲もあるでよ!と言う方、コメントお待ちしております!
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映画バンテージ・ポイント

bantage

スペインで起こる、アメリカ大統領狙撃事件を、8つの視点から描いた作品。8つの視点といっても8人の主人公というわけではなく、おおまかに8回の視点の変更があり、各々重点となる人物がいるという感じ。最後の8つ目の視点で始めてクライマックスが明かされます。こういうのをクリフハンガーと呼ぶ事を初めて知りました。(恥

イスラムのテロリストが犯人グループとして描かれるが、決してやみくもな狂信者には描かれず、アメリカにも非があるように読める部分も描かれてるので、頭の悪いゲハジも好感触。

この手の多視点を使ったり、斬新ぽい手法を使った映画(デパルマとかの)は手放しで楽しめる能天気ゲハジであります。デニスクエイドの顔は好みじゃないんですが、ストーリテリングの妙で最後までだれることなく見れました。

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この映画に限らず、アメリカの映画には、自国(の組織)の恥部や暗い部分を暴いたものが一定量存在していて、ゲハジも結構好きなんであります。ソダーバーグ関連のトラフィックとかシリアナとか。そういう自己反省的なモノが描けるのって社会が健全な証拠だよな。と。

でも、ふと今回の映画を見ながら感じたのは、そういう映画が描かれる一方で米国(だけじゃないですが)の犯罪的とも言えるような政策とか、軍事行動、諜報活動は結局続いている。とすれば、これは一種の免罪符的な効果を狙ってるのではないだろうかと言う事です。映画等で描かれる事で、いわば正義心のようなモノのガス抜きが行なわれてしまっているのではないだろうか。我々は、悪い事もしている。だが、それは言論の自由で表現する事が出来る。だからイイじゃないか。と言われているような気になりました。

寧ろ、アメリカ万歳!帝国主義万歳!イスラムとか 第3社会 第三世界とかキモい!という映画を描いた方が、実は世界をより正しい(←胡散臭い言葉ですいません)方向へと導ける。というかそういうモチベーションを国民に与えるような気がしたんです。

演繹して、JWブログに於いても現役の方の、所謂、「組織の矛盾は知っている、こうした問題がある、だが個人として正しく行動したい」というような主旨のブログも、一見真実を伝えているように見える映画同様の効果があるような気がします。
私のような頭のいくない人間は「あぁJWにも良識のある人がいるんだ、そういう部分も考慮しなくてはいけないな」と思ってしまう訳です。
逆に「JWマンセー!」「背教者とかマジキモいんですけど、みたいな(キングオブコメディー)」とか書いてくれると、JW問題はやはり是正せにゃいかんと言う気運が高まるんじゃないでしょうか。もしJW内部にいつつ、組織に壊滅的な影響を与えたいと考えてる、内部改革派のような方々がいるのなら敢えてそういうブログを立ちあげるのもアリかなと思いました。色んな人から物凄く叩かれて炎上したりするのに耐えて、反JWの火を絶やさない為に俺は頑張るとかやってたらカッコいいかも知れません。

てかゲハジよ、お前がやれ!

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あ、最近の映画って公式サイトも凄く面白いものが多いですよね。
この映画のサイトも凝ってて面白かったです。
公式サイトのリンク
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D1000545

遅ればせながら映画『ダークナイト』(The Dark Knight)をレンタルDVDで鑑賞。

大抵期待の大きい作品は満足度が反比例するものだが、今回は例外。クリストファーノーランにしてやられた。プロット、映像、テンポその全てが素晴らしい。

犯罪のはびこる街ゴッサム。人々はバットマンに一縷の望みを托していた。一方暴力に寄らず、正義を遂行としようとする、検事ハービーデント。バットマンことブルースはハービーこそ街を救うヒーローとなるべきだと考える。だが、悪の権化ジョーカーは正義をあざわらうように市民を人質にバットマンとハービーを陥れるべく動き出し、ブルースが(ハービーも)愛するレイチェルにその毒牙を向ける。バットマンは彼女を救えるのか。

悪を描いた最高傑作と評される今作。究極の悪とは何かが見事に描かれている。と言いたい所だが、本当の悪はレイチェルのような気がしてならないゲハジである。大して美人でもないのに、二人の誠実な美しい男性の愛を弄ぶあの女こそ絶対の悪に違いない。

冗談はさておき、悪とはなんぞやという問いを抱える私にとってジョーカーの示す悪は非常にナチュラルに受け取れるものであった。絶対的な悪とは何にも支配されないという状況でしか存在し得ないのだ。ジョーカーは自らの死も、金銭に対する欲望も、ましてやモラルのどれにも支配を受けない。そして絶対的な悪は孤独でもある。登場シーンで仲間?を躊躇せず消していくジョーカー。これこそ悪だ。悪の華だ。lonly days。絶対的な力は妖しい魅力がある。保身を考えるマフィアや市長より美しく見えるのは間違っているだろうか。間違っている。

悪とは多数決の問題でしかないのかも知れない。或いは価値観の彼我の高低差に生じる流れのようなものなのかもしれない。ジョーカーの行為もジョーカー自身にとっては悪にはなり得ない。ジョーカーと同じ価値観を持つものがいるならば、その物にとって彼の行為は悪とならない。聖書で言う所のサタンの行動ですら、サタン界においては善行にしかなりえない。だから人類は共通の価値観を持ち、人類みな家族や兄弟となればそこに悪は存在しづらくなるかもしれない。それもあまり気持ちの良い発想ではない。意味が分からない。

また、この映画のプロットでは善なる者が容易に悪に転落しやすいかも描いている。別の言い方をするならば、人間の寄って立つモラルの根拠の浅薄さが描出されているのだ。

とは言え、人間の持つ善なる力もささやかに描かれる。ジョーカーによって、囚人と一般人が互いを殺す事の出来る起爆装置を与えられるが、お互いにそれを放棄する。この部分は私には唯一リアリティが感じられない場面だった。

幼い頃の私ならこの映画を見て、病院爆発で亡くなった人やカーチェイスで巻き添えなった人に思いを致したのだろうが、もはや爆破シーンの妙に関心するばかりで何の感慨も抱かなくなっている自分を淋しく感じた。

御粗末。
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ピンク動画 

今、ゲハジが最もリスペクトするシンガーがP!NKであります。

まず、何より声がいい、美しく嗄れた声でソリッドな曲も、ハートウォーミングな曲も心に響かせてくれます。

そして今ヒットしている”so what”が素晴らしすぎる!

最近彼女は離婚したのですが、歌詞の中でその事をコミカルにネタにしています。PVも元夫との名前が書かれた庭の木をチェーンソーでなぎ倒したり、結婚した幸せそうなカップルに死ね死ね団よろしく攻撃を加えたりします。

最後の部分は”私は全てをあなたに捧げた、でもあなたが私を駄目にする”みたいな切ないフレーズもあって最高です。

JWに対する態度として見習う部分があるかななんて思ったりもしました。

このブログも、自らのJW故の不幸をネタにし、なおかつ切ないフレーズも織り込んでいけたらななんて思っているわけです。


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